【背中】 1章 記憶


【背中】 1章 記憶
中編/シリアス/流血あり
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【背中】 2章 絆


 
【背中】

1章 記憶

 
 降りしきる雪の中に立つ、色鮮やかな鎧兜に身を包んだ侍の姿を見た事があった。
 カナメが、夏の暑さを残すある秋の始めの日に、ミハと共に冒険者として山に登っていた時の事だった。

 
 その時の依頼は、近隣住民からの『山に魔物のようなものが棲みついたようなので調査してほしい』といった要請によるもので、カナメとミハを含む6名の冒険者集団での調査だった。だが魔物を見たという山頂付近にさしかかったとき、突如として晴天の空から黒く巨大な竜が冒険者集団の中央へと降ってきて、その着地の衝撃でカナメは急な坂から足を踏み外し、下に向かって転げ落ちてしまったのだ。

 
 カナメが落ちたのは山頂付近にあった開けた平坦な場所で、崖を背にした日陰だった。
 冒険者集団が散り散りに逃走する中、ミハだけが転げ落ちたカナメを追ってきた。駆け下りるミハの短いスカートがひるがえり、カナメの横への着地と共に、蝶のようにふわりと広がって閉じた。

ミハ
「カナメ! 大丈夫か!」
 ミハは短い草の上に倒れて動けなくなっていたカナメを、抱き起こして背負おうとした。

カナメ
「ご……ごめん……」
 しかしその時。後方に先ほどの竜が轟音を立てて降り立ち、衝撃波にあおられたミハは岩壁に叩きつけられた。

ミハ
「がはっ!」

カナメ
「ミハちゃん!」
 カナメはなんとか立ち上がり、倒れたミハに寄り添って正座に近い姿勢まで抱き起こしたものの、ミハは浅くない傷を負っていたようだった。足元の草が、カナメのふとももの重さで水分をにじませる。

ミハ
「……す、すまない……カナメ、私が不甲斐ないばかりに……」
 謝りの言葉を述べかけたミハだったが、それを遮るように、背後の竜が地響きのような足音を立てて迫ってきていた。

カナメ
「ど……どうしよう……」
 何も打つ手がなく、うろたえるカナメだったが、一方でミハはやや冷静な表情で竜を見つめ、少しの間をおいてカナメに声をかけた。

ミハ
「……カナメ、ここに伏せて動かないでくれ」

カナメ
「えっ!? で、でも……」

ミハ
「いいから! 何が起きても伏せたままでいるんだ!」

カナメ
「うっ、うん……!」
 カナメは急に語気を強めたミハに言われるまま、ミハのすぐ横で頭を抱えて小さく丸まって伏せた。背の低い草が顔にかかる。
 だが黒き竜は、空を覆うような広い翼を振りかざし、大きく裂けた口を開き切らせ、無数の歯をむき出しながら、火炎を吐くような低いうなり声を上げ、二人の方へ向けて轟音をまといながら無慈悲に走りはじめた。

 
 絶望しかけたカナメだったが、不意に竜の足音が止まり、周囲が静まり返ったのを感じた。

カナメ
「…………? 私……死んじゃったの……?」
 カナメはそう悟りそうになったが、背中にぬくもりを感じて顔を上げると、自分の上にミハが覆いかぶさっていた。

カナメ
「……ミハちゃん?」
 呼びかけても返事はなく、カナメは丸まった姿勢のまま顔を覗き込んだ。見るとミハは、眠るように気を失っていた。
 その時、カナメの目の前を白くふわふわとした粒のようなものがいくつか横切った。不思議に思ったカナメは少し起き上がった。

 
 そこには真っ白な景色があった。雪が降っていたのだ。

 
 季節は夏と秋の境である。雪が降るはずはなかった。カナメが手のひらを伸ばすと、降りしきる雪の粒は、カナメの手など無いかのようにすり抜けて下に落ちていった。地面に落ちていった雪たちは、積もる事も溶ける事もなく、地面の中へと静かに消え行っていた。
 カナメが純白の景色に我を忘れて起き上がったことで、覆いかぶさっていたミハが力なく横たわる。カナメは雪がわずかに渦巻きながら降っている事に気付き、渦の中心の方へと顔を上げた。すると、そこに立つ人の影があった。

 
 その人物は、成人男性くらいの背丈があり、和風の鎧兜に身を包んでいた。その鎧兜は、漆黒に染められた板金が、色とりどりの紐で、赤、黄、白の順に階調(かいちょう。グラデーション)になるように縫い合わせられており、雪が降りしきる純白の景色の中で、浮き出るような色鮮やかさを放っていた。

「…………」
 おそらく侍であろうその男は、カナメとミハに背を向け、右手に抜き身の刀を持っていた。
 見ると侍の向いている方、雪の先に、カナメらを襲った黒竜の姿がおぼろげにあった。先ほどより間合いが離れているのを見るに、カナメが黒竜ににかじりつかれそうになった際、この侍が間に割って入り、何らかの行いにより黒竜を後退させたのだろう。

カナメ
「……あなたは……?」
 カナメがそう声を発すると、侍はわずかにカナメの方に視線を向けた。するとカナメは急に眠くなって視界がぼやけ、降りしきる雪の中に立つ侍の姿をおぼろげに見ながら気を失ってしまった。

 
 目を覚ますと、山のふもとにあった小屋の床に寝かされていた。そこにはミハもおり、二人とも服は破れども身体はほとんど無傷だった。
 カナメがミハに状況を聞くと、ミハは『通りがかった別の冒険者が助太刀に入り、竜を追い払ってくれた。傷も魔法で治してくれた』といった旨を話した。カナメはその話に納得し、ミハと共に無事を喜びつつも、心にどこか不思議な感じが残っており、その後もこの事を時々思い出していた。

 
 季節は再び春になった。
 この異世界であるブリアティルトは、来襲してきた『天命喰らい(イーター)』と呼ばれる、世界を喰らうという化け物の退治がひと段落し、それなりの平和を取り戻していた。とはいえ、冒険者稼業が安全になるわけでもなく、カナメや周囲の冒険者達が命の危機にさらされる事は絶えなかった。

 
 この世界にはカナメ以外にも別の世界から来たという冒険者が多数存在しており、天命喰らいの退治を期に、それぞれの理由で冒険者界隈を、あるいはこの世界を去る者が多くいた。
 カナメもまた、周囲の勧めもあって元の世界に戻る事を決めていた。

 
 カナメは元の世界では、海辺の街に住むごく平凡な女子高生だった。だがある春の休日の部活帰りに突如として震災に襲われて津波に飲まれ、気付いたらこの世界に倒れていた。
 当初は死後の世界かと思っていたカナメだったが、冒険者となって各地を巡るうちに、帰る方法がある事や、世界を渡り歩く人々がいる事などを聞き、それにつれて元の世界に残した家族や、元の世界の事が徐々に気になるようになっていった。そして親しい冒険者たちからの情報や紹介で、人を元の世界に戻せる能力を持った人物の伝手(つて)を得ると、同じ世界の同じ女子高生だというミハと共に元の世界に戻る事にした。

 
 また、どういった訳かミハは、元の世界からこちらの異世界へと再び戻る手段を知っているらしく、『二度と戻れないわけではない』というミハの説明も、カナメの決意を後押ししていた。

 
 そしてカナメとミハは数人の友人らに見送られて、能力者が『黄金の門』に関係する遺跡の祭壇の上に作り出した、世界を移動するための空間へと飛び込む事となった。
 空間への穴は地面と並行に開いており、成人男性が寝転んだほどの直径を持つ、円状の穴だった。穴の中を覗き込むと、海の底のような青く暗い空間がどこまでも広がっていた。

 
 ミハは飛び込む勇気がなかったカナメを見て、自分の左手をカナメに抱えさせて、一緒に飛び込んでくれた。
 穴の中は暗かったが、わずかに光があるのか、闇の中でもミハの表情はよく見えた。
 徐々に落下していた感覚がなくなり、無重力の空間を飛んでいるように身体がふわりと浮き上がる。二人は、音も臭いも温度もない空間を静かに流れていった。

ミハ
「……大丈夫か?」
 ミハが気遣う声をかける。
 カナメは不安ばかりだったが、ミハの気遣いに応えようと、笑顔で返事をした。

カナメ
「うん、大丈夫だよ!」
 そう言いつつもカナメは、高鳴る心臓の鼓動が、自身の平坦な胸を通してミハの左腕に伝わってしまっているのを感じていた。
 暗闇の空間にはわずかな揺れがあるのか、ほのかに光る青い波が、直径が20階建ての建物の高さほどあろうかという巨大な輪状になったようなものが、二人の進路を示すように時々見え、二人はそれをゆったりとくぐるように流れていった。空間が筒状になっているようにも思えた。

ミハ
「能力者の話では、このまましばらく飛び続ければ、やがて元の世界に降り立つことができるらしい。飛ぶ方向は勝手に調整されるらしいから、うっかり手を離してしまっても大丈夫だそうだ」

カナメ
「う、うん。でも離さないでね……」

ミハ
「ああ」
 こころよくといった感じで答えたミハだったが、少し間を置き、やや真面目さを取り戻した声で話を続けた。

ミハ
「……実を言うと、私も一人で帰るのは不安だったんだ」

カナメ
「そ……それってその……今のこの、世界を渡るやつが失敗するかもって思ってたって事……?!」

ミハ
「い、いや。そういう訳じゃないんだ。私はむしろ大丈夫だと思ったからこうして身を託したんだ」

ミハ
「……ただ……その。なんというか……」

ミハ
「……寂しかったんだ」

カナメ
「……寂しかった……?」
 二人は青い波の輪をまたひとつくぐり、ほのかな青い光が二人の顔をふわりと照らした。

ミハ
「……私には、どうしても元の世界に戻らなければならない事情があるんだ。だが元の世界に戻った時、私の事を覚えている人がひとりも居なくなってしまうものでな……」

カナメ
「……でもミハちゃん、元の世界にはミハちゃんのお友達や、育ててくれた人がいるんじゃないの?」

ミハ
「私には、既にそのような人はいないんだ」

カナメ
「えっ……?」

ミハ
「もはやこの際だから、正直に話させてもらう。私は現世(うつしよ)の人間じゃないんだ。死してから既に4百は数えている」

カナメ
「ええっ?!」
 突然のミハの告白に戸惑うも、1年とはいえ異世界で様々な現実離れした人々を見て来たカナメは、ミハの言葉を嘘だとは思わなかった。

ミハ
「……4百もの時を経るうちに人の感情は消えうせていたのだと思ったのだが、こうして人の姿をとり、人とかかわってみると、自分の中にあった人の感情がよみがえってしまってな。しかし元の世界に戻れば、私は再び誰にも知られぬ存在になってしまう。私には、人としての居場所はもうどこにもないんだ」

ミハ
「死して百年を数えた頃、私は辛かった。世界のどこにも私を覚えている人がいなくなってしまったからだ。それでも私は存在し続けたが、やがて辛さから逃れるために人としての感情をなくしてしまった。私は人の心を失う直前にひとつ悟った。人が本当に死ぬのは、誰からも忘れられた時なのだと」

カナメ
「…………」
 再び青い波の輪が通り過ぎる。

ミハ
「……寂しかった。私は人の心を失ったと思っていた3百余年の間、本当はずっと寂しかったんだ。だから、私の事を知っている君が一緒について来てくれるというだけでも、私としては心強かったんだ」

カナメ
「……そうだったんだ……」
 カナメも感傷にふけり、少し会話が止まる。
 だが少しの静寂の後、カナメは自分達が飛ぶ空間の後ろの方から、もやもやとして形の定まらない、色の無い何かが遠くから近付いて来ているのを見た。
 カナメがそれを見るのは初めてではなかった。先日退治されたという、世界を喰らうという化け物……

カナメ
「……『天命喰らい』……!?」

ミハ
「何だと!?」
 ミハも振り返る。ミハの身体が半回転した事で、ミハの左腕をつかんでいたカナメも一緒に回転し、二人は進行方向に背を向け、色の無いもやの方へ向き直った。

 
 天命喰らいは実体の無い化け物で、触れる物の生命を徐々に奪ってゆく性質があった。また、実体は無いとはいえ、核となる部分、いわば本体はあるらしく、そこから小さな分体を放出して増えてゆくのだという。「小さな」といっても、それは「あまりにも大きな本体に比べれば」というものであり、ブリアティルトでも特に樹齢が長いと言われる大木を包み込んで枯らした分体すらあった。
 本体は既に退治されているが、そのような分体がいくつか退治し切られずに残存しているという話はそこかしこで聞かれた。世界を喰らうという性質上、何も無い所から突如として湧き出してくる事もあり、事前に発見する事が難しいのだ。

 
 天命喰らいは、様々な人々によって研究された結果、その生命を奪う力を上回るだけの魔力や生命力などの力をぶつければ倒す事ができると判明し、事実そのような手段で退治されていた。
 だが世界を喰らうというその壮大な化け物は、並みの冒険者が束になって生半可に挑んだところで、かえってその力を吸収されてしまい、勝つどころか逆に増幅させてしまうものだった。カナメもミハもただの駆け出しの冒険者でしかなく、対抗できるような能力の持ち主でもなかった。

カナメ
「どうしてこんな所に……!?」

ミハ
「……ヤツは世界を喰らう化け物だ。世界と世界をつなぐ空間が開いたことで、それに惹かれて入ってきてしまったのだろう」

カナメ
「で、でも私達が飛び込んだ入口から入って来たんだよね!? 入口にいたみんなは……」

ミハ
「あっちは心配しなくていいだろう。こうして私達が何事もなかったかのように空間を進んでいるという事は、入口でこの空間を制御している彼らはそもそも、天命喰らいの姿を見てすらいないだろう。元々何もない所から出て来る化け物だ。おおかた、ふだんは異空間にでも潜んでいて、人の目には見えないようなところから入って来るのだろうさ」
 空間の入口の者達が知らないという事は、裏を返せば彼らの助けは来ないという事である。

 
 二人がくぐっている青い波の輪は自分達があまりにも小さく思えるほどの巨大さだったが、色の無いもやはその輪の外側まで覆い尽くし、内側を完全にふさいでいた。
 距離はまだ相当に離れているものの、着実に縮まってきていた。このままではいつか追いつかれ、なすすべもなく飲み込まれてしまう事だろう。

 
 カナメはどうすべきか考えたが、打つ手が思いつかず、考えれば考えるほど焦りの感情が増すばかりだった。一方でミハはやや冷静な表情で色の無いもやを見つめていた。カナメは、ミハのその表情を以前どこかで見たような覚えがあった。
 少しの間ののち、唐突にミハが話しはじめた。

ミハ
「……カナメ。私を強く抱きしめてくれないか」

カナメ
「……えっ? う、うん」
 カナメは訳もわからないまま、言うとおりミハを強く抱きしめた。ミハの体温がお互いの制服を通して伝わってくる。

ミハ
「……ありがとう。そのまま絶対に離さないでくれ」
 抱きしめられたミハの顔がカナメの顔の右側に移り、カナメの耳にミハの息が少し掛かる。その状態で、ミハは話を続けた。

ミハ
「カナメ。君と初めて会ったのは崖の上だったな」

カナメ
「……?」

ミハ
「あの時君がいなければ、私は崖から落ちて死んでいただろう。だが思えばあの時から、私はそんな君に対して偽(いつわ)ってばかりだった。だから今は、せめて君の事を守らせてほしい」

カナメ
「……どういう事……? 偽り……?」

ミハ
「私は自分の不手際から、あるひとりの少女を死なせそうになってしまった。その少女を助ける為に、その少女の身体に乗り移って、こうして異世界にやってきたのだ。今君が見ている、君が抱きしめているこの姿は本当の私ではなく、私が死なせそうになった少女なんだ」

ミハ
「そうして何もかもを偽って来たが、それでもこの1年間、君達と冒険した日々はとても新鮮で楽しかった。つらいこともあったが、今や全て良い思い出だ。君達のおかげで、私は人としての心を取り戻す事ができたんだ」

ミハ
「……そろそろヤツが近付いて来るな。最後にぶしつけな願いになってしまうが、君が今抱いているこの子を、どうか頼みたい」
 そうミハが話している時、カナメの目の前をふわふわとした淡く光る白い粒がいくつも横切った。

カナメ
「えっ……? た、頼むって……」
 カナメが、ミハが別れの言葉を言っている事を悟ってはたと顔を上げると、視界が白く輝いていた。上下のないはずの青暗い空間に純白の雪が降っていた。

ミハ
「そのまま世界を渡り切るまで、離れないようにこの子を強く抱きしめ続けてあげてくれ」

ミハ
「ありがとう、カナメ。達者でな」
 その言葉を最後に、ミハの身体からすっと力が抜けていった。
 雪が静かに、ゆっくりと渦を巻きはじめる。その中心に目を凝らすと、次第に一人の人影が浮かび上がり、やがて輪郭をはっきりとさせていった。

 
 それはかつて見た、色とりどりの鎧兜に身を包んだ侍の姿だった。侍は色の無いもやの方を向いており、カナメからは背中しか見えなかった。

 
 不意に甲高い金属音が響く。見るとミハだった少女が帯びていた刀が鞘(さや)から抜けていた。刀は素早く侍の方へと飛び、その手に握られた。すると刀が白く輝きはじめ、侍の下方にも大きな光の玉が現れた。やがて刀の光はまっすぐに伸びて落ち着いた色合いの槍に変化し、下方の光は栗色の毛並みの馬に姿を変えた。
 光が収まると、侍は降りしきる雪の中で、乗馬して槍を構えた姿となっていた。
 空間の中で、カナメと侍との距離が開き始める。カナメがミハだった少女を抱きしめた状態で空間の先へと進みゆく一方、侍は空間の中で速度を緩めていた。

カナメ
「ま、待って……!」
 カナメの声が届いたのか、侍が遠ざかってゆくカナメをちらりと見る。だが侍は顔が見えるほど振り向く事はなく、再び色の無いもやの方を向き、静かに踊る雪をまとう中、大声で名乗りを上げた。

「我こそは、積山(つみやま)村が積山神社に祀(まつ)られし戦の神、天之美葉命(あまのみはのみこと)である! 我は道中、このカナメに命を助けられた。此度(こたび)はその大恩に報いるべく、貴殿の前に立ちはだかった次第である!」
 侍の大声に反応したのか、視界一杯に広がっていた色の無いもやが徐々に侍の前方に向かって集まり、ひとつの形を作りはじめた。それでもなお侍が小さく見えるほどの大きさだった。
 侍の周囲の雪が徐々に加速を始める。渦巻く雪が、カナメと侍の間では右手から左手へと、その奥の侍と色の無いもやの間では左手から右手へと向けて流れてゆく。

「形なき手で無情に命を奪いゆく、慈悲なき物よ! 我が目の黒きうちは、このカナメに、その末端の一触すらも決して叶わぬと思え!」
 侍はそう言い放つと、槍を振り上げて色の無いもやの方へと馬を走らせはじめた。

カナメ
「ミハ……ちゃん……!」
 声を絞り出そうとしたカナメだったが、以前にその侍を見た時と同じく、徐々に視界がぼやけてゆき、やがて眠るように意識を失った。

 
 どれほどの時が経ったか、気が付いて目を開くと、視界には青空が広がっていた。

 
 カナメは地震で壊滅した街の瓦礫の下で、仰向けに倒れた状態で目を覚ましていた。
 そこにはミハの姿も、侍の姿も、どこにもなかった。

 
2章へ続く


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