【背中】 2章 絆


【背中】 2章 絆
中編/シリアス/流血あり
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【背中】 1章 記憶
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【背中】

2章 絆

 
 カナメは地震で壊滅した故郷の街を離れ、家族と共に新たな街に移り住む事になった。

 
 ありあわせのシャツとだぶついた長ズボンを着て、つまらない白色のレンタルのワンボックスカーの後部座席に乗るカナメは、淡白な春の青空が広がる窓の外をぼんやりと眺めていた。
 家財道具を満載したワンボックスカーから見る景色には、瓦礫と化した馴染みの町並みと、自衛隊員たちが道の整備や瓦礫の撤去を行う姿がどこまでも続いていた。

 
 カナメの市川家は、幸いにも家族だけは全員が無事だったが、それぞれが様々なものを失っており、そのためか父は無言でハンドルを動かし、母は呆然と前を見つめていた。
 路面に転がる細かい石などをタイヤが踏むたびに、カナメの後ろで家財道具がカタカタと感情のない音を立てる。

 
 被災した日、瓦礫の下から救出されたカナメは、奇跡的に目立った外傷はなく、少し手当てを受けた後は家族と共に仮設住宅に移っていた。それから数日間、父が近隣に移り住む当てを見つけてレンタカーに揺られている今まで、カナメは何度も異世界で旅をした記憶を蘇らせていた。

 
 あの冒険の日々は、あの友人たちとの日々は夢だったのだろうか。そう思いにふけりながら、カナメはポケットから、ぼろぼろのお守りを取り出した。
 カナメが目を覚ましたとき、どういうわけか右手にお守りを握り締めていた。津波に飲まれた時に、流れてきたものを無我夢中でつかんだだけかもしれなかったが、なんとなく大切なものに感じてずっと持ち歩いていた。

 
 そのお守りには、『開運 積山神社』と書かれていた。

 
 カナメが移り住んだ街は『積山町(つみやまちょう)』という地区で、元の街からはそれほど離れておらず、そのために震災で倒壊した建物がわずかに点在していた。カナメは被災した記憶が癒えないまま、友人知人と離れて新しい高校に入る事となり、心の中は不安ばかりだった。

 
 新学期と共に転校初日となった日の自己紹介では、カナメは新しい教師や同級生たちの前では明るく振舞ってみたものの、哀れみの目を向けられる事も多く、不安が解消されない日々を送っていた。

 
 それでも登校を続けて2週間が経とうとしていたある日。太陽に薄雲がかかった空の下、冬が少し戻ったような涼しいそよ風の中、カナメは一人で下校中に、通学路を少し外れた場所に小さな神社がある事に気付いた。神社の入口の古びた赤い鳥居は、木製で直線的な、飾り気のないものであり、背丈も成人男性二人分に満たない、やや小ぶりなものだった。

 
 何となく気になって近付いてみると、鳥居の近くに細長い石碑があり、縦書きで「積山神社」と彫られていた。

カナメ
「これ……お守りと同じ神社……?」
 積山町という名前を聞いたときからお守りとの関連を気にしていたカナメは、鳥居をくぐって神社の境内(けいだい)に入ってみた。

 
 田舎町の片隅にあるその神社は森に囲まれており、近くに人の姿は見当たらなかった。
 風が木々の葉を静かに揺らす。澄んだ空気の中に、カナメが砂利を踏んで歩く音が小さく響く。

 
 地震の影響か、神社の本殿にまっすぐ続く道の左右にある1対の灯篭(とうろう)のうち、入って来たカナメから向かって右側の方が地面に崩れていた。本殿の右横にも倒壊したままの建物があり、神社の空気に似つかわしくない色とりどりの低いフェンスが、『安全第一』の文字を表にして周囲を囲んでいた。

 
 カナメは広くない境内を少し見て回ってから、本殿の正面にある賽銭箱になんとなく五円玉を入れて手を合わせてみるが、特に何かあったわけでもなく、そのまま神社を後にしようとした。

 
 すると鳥居をくぐる手前で、セーラー服を着た、黒い長髪の、カナメよりも少し背の高い少女とすれ違った。

カナメ
「……ミハちゃん?」

少女
「……?」
 神社の本殿を背に、時計回りに振り返った少女はミハに瓜二つの外見をしていたが、カナメに対して面識がある風ではなかった。
 カナメは小走りで少女に走り寄り、本殿へとまっすぐ続く道を挟んで少女に声をかけた。

カナメ
「あ……あの。ミハちゃん……だよね?」

少女
「い……いえ……違います……」
 涼しいそよ風が鳥居を通ってカナメの左から右へと吹き、困惑した表情の少女の長い黒髪を、彼女の左側へとなびかせた。
 カナメはこのミハに似た少女の態度から、おそらく人違いなのだろうと察したが、現在通っている高校の制服を着ていたために謝りつつも少し話しかけてみた。すると少女は同級生らしく、名前を中村真理子(なかむら まりこ)と名乗った。
 カナメはそこからこのマリコに対して雑談を交わしてみたものの、お互いに相手の事を知らないために会話が途切れてしまった。だが途切れた時、今度はマリコの方から話を始めた。

マリコ
「……ヘンな話になるかもしれないけどね……。私、ずっと前からカナメちゃんの事を知っていた気がするの……」

カナメ
「本当!? やっぱり! 実は私もなの!」
 彼女のその言葉で自分の記憶に確証を得たカナメは、興奮して食い気味に、夢の中で一緒に冒険した事、そのときマリコはミハと名乗っていた事を話しはじめた。
 マリコは当惑していた様子だったが、一方でカナメの話について、どれも全く心当たりがない訳ではない感じだった。

マリコ
「……でも……その。ごめんなさい、やっぱり詳しくは覚えていなくて……。それにカナメちゃんが会っていたのは、私じゃなくて、そのミハさんって人……なんだよね……」

カナメ
「…………」

マリコ
「……それで、……ミハさんとはその後どうなって、どういう経緯で異世界から戻ったの?」

カナメ
「……それは……」
 カナメが少し口ごもったときだった。神社の本殿の方、カナメの右の方から男の声がした。

男の声
「天野美葉(あまの みは)もまた、カナメの後に戻ってきたさ」
 振り向くと数歩離れたところに、着物を着た長髪の男が、着物の袖の中で腕を組んだ姿で、神社の本殿を背に、本殿へとまっすぐ続く道に立っていた。

「久しいな、カナメ」
 見覚えがないようなあるような男にどう声をかけるべきか迷っていたカナメだったが、男は話を続けた。

「……ふっ。カナメは、この姿の方が見覚えがあるかな」
 そう言うなり男はうっすらと白く光りはじめた。

 
 カナメもマリコもあっけに取られるなか、光の背丈が少しずつ下がってゆき、やがて長い黒髪の、セーラー服の少女の姿に形を変えた。

ミハ
「君の言う『ミハ』とは、この少女の事だろう?」

カナメ
「ミハちゃん……! 無事だったんだねっ!」
 カナメはすぐに理解してミハに駆け寄った。

マリコ
「え……えええっ!?」

カナメ
「ねえっ今見たよねマリちゃん! やっぱり魔法も異世界もあったんだよ!」

マリコ
「……この人が……ミハさん……!? その……私にそっくりなのって……?」

ミハ
「私はこの積山神社に祀られている神、天之美葉命だ。私の本来の姿はさっきの男の姿なのだが、君の身体をしばらく借りたおかげでこの姿に変化する事が出来るようになったみたいなんだ」

カナメ
「ん? じゃあミハちゃん、やっぱり男の人だったの?」

ミハ
「……うっ。す、すまない。ええと……言おうとは思ったのだが……その。……一緒に男女別の公衆浴場に入った事があっただろう……? それで言ってしまうと嫌われてしまうんじゃないかと思って、言い出す勇気が無かったんだ……」

カナメ
「そうだったんだ……」
 冒険者は異世界人なども数多く存在する性質上、様々な人を内包していた。その中には外見と中身の性別が異なる者も相当数おり、彼ら彼女らとの交流もあったカナメは、ミハの言葉に驚けども、それなりに受け入れる事ができていた。

カナメ
「いいよミハちゃん。私ミハちゃんの性格は知ってるから」

ミハ
「……ありがとう。今まで君に対して偽っていた事について、許せとは言わないがここで謝らせてほしい」

カナメ
「うん! いいよ!」
 一方でマリコの方を見ると、話について行きつつも、まだ呆気に取られている感じだった。ミハもそれを見て取ったようで、マリコに経緯を話しはじめた。

ミハ
「それとマリコ、勝手に身体を借りてしまい、本当に申し訳ない。元はといえば私が、ちょっと魔が差して、この神社に参拝に来た君にうっかり雷を落としてしまったのが原因なんだ」

マリコ
「か、雷……ですか!?」

ミハ
「ああ。君は本来そこで死んでしまう所だったんだが、私は君にも恩があったからなんとか生かそうと思って、君に雷が落ちる瞬間に君の身体に乗り移り、雷をはじき返したんだ。だが、わずかにタイミングが遅れて、君の魂は君の身体から離れてしまった。一度身体から離れた魂を呼び戻すには膨大な力が必要なのだが、私は落雷と、それをはじき返すのにかなり力を使ってしまっていた」

ミハ
「この世界で相応の力を蓄えるには長い年月が必要だった。私はそれだけの年月を君から奪ってしまうのを避けようと思い、君の身体を借りたまま、別の世界に移動したんだ」

マリコ
「別の……世界に……?」

ミハ
「世界が違えば時間軸も違うからな。それと私が渡った別の世界、ブリアティルトと呼ばれている所なのだが、そこには魔法が当たり前に存在していた。魔法が存在する世界というのは、それだけで力を蓄えやすいんだ」

ミハ
「そうして君の身体を借りて異世界を旅し、君の魂を呼び戻せるだけの力を蓄えてこちらの世界に戻ってきて、今こうして私も君もここに居るという訳なんだ。……なんて、急に言っても混乱させるだけかもしれないが……」

マリコ
「……あの時、私はクラスでいじめられていて、相談できる友達もいなくて……何かにすがりたくてここに来ていたんです。そのとき急に意識が飛んで、気付いたら同じ位置に立っていて、でも日付が1週間くらい変わっていて……。じゃあ、ミハさんがそれを……?」

ミハ
「……ああ。本当にすまない事をしてしまった。謝って済む話ではないとは思うが、謝らせてほしい。本当に申し訳なかった」

マリコ
「いっ……いえそんな……! それにあの後、いじめもなくなってて……何かご利益(りやく)をもらったと思ってたんです……! やっぱりミハさんが、何かをしてくれたりとか……?」

ミハ
「いじめか……。ああ……まあそんな所ではあるが……」
 ミハは説明に迷っているのか、そこで口ごもった。
 そうしていると、境内の外から中年の男性がやってきて、三人の中央に立つミハの方に視線を合わせて声をかけた。

中年男性
「こんにちは。ええと、中村さんとこのマリコちゃんだろ?」

マリコ
「えっ、あ、はい……こんにちは……」
 彼から見て左手にいたマリコから挨拶を返された中年男性は、マリコとミハを交互に見て少し不思議そうな顔をした。ミハの方をマリコだと思って声をかけていたようだ。

中年男性
「ん? マリコちゃん、お姉さんがいたのかい?」

ミハ
「あっ……いえ。親戚です。宮司(ぐうじ。神社の管理者)さんはどうしてここに?」
 ミハが話をそらす。正体を明かしたところで、かえって話がややこしくなると思ったのだろう。

中年男性
「あの本殿の横を見ての通り、社務所(しゃむしょ。神社の管理を行う建物)が壊れちゃったからね。そこには居られないけど、誰かが危ない事をしてるかもしれないから見回りに来たんだよ。君達学生だろう? あまり長話ししてないで、灯篭も倒れてるし危ないから、暗くなる前に帰った方がいいよ」
 中年男性は、そう声をかけられた三人が返事をしたのを見て、来た道を引き返そうとした。だがすぐに足を止めて振り返った。

中年男性
「……ん? そういえば君は僕がここの宮司だと知っているのかい?」

ミハ
「えっ? あっ、そうだった……ええと、昔来た事があって覚えていたので……」

中年男性
「……? そう……じゃあ気をつけてね」
 そう言うと中年男性は再度きびすを返して去っていった。
 中年男性が遠くなったのを見たミハが、カナメとマリコに目を合わせつつ、頭を掻きながら切り出す。

ミハ
「いや、うっかりしていた……あの人はこの神社の管理をしている人なんだ。普段から目にしていたせいで、つい宮司さんと呼んでしまった」

カナメ
「ミハちゃんうっかりし過ぎ!」
 カナメはミハと笑い合っている横で、マリコも少し笑顔になったのを見て取った。

ミハ
「……まあ彼の言うとおり、今日はもう遅いし、二人ともまた明日にでも来てくれ。私もあまり長く姿を現していると、多少ではあるが力を使ってしまうしな」

カナメ
「うん! じゃあまた明日会おうね! あっ、ねえミハちゃん。今度、あの異世界に3人で行けたりする?」

ミハ
「ああ。ただあのモヤとの戦いで力を結構使ってしまったからすぐには行けないが……来年くらいには一緒に行けるように調整するよ」

カナメ
「だってマリちゃん! 今度一緒に行く約束しよう!」

マリコ
「う、うん!」

ミハ
「しかし、このままだと私がマリコと紛らわしいな。そのうち髪型でも変えるかな。はは」
 それからまた少し雑談をした三人だったが、空の色で日が暮れゆくのを感じ、神社でミハと別れてカナメとマリコの二人で岐路についた。

 
 カナメとしては、今の学校に馴染み切れずにいただけに、不思議な出来事を共有する仲の友人が出来た事が嬉しかった。マリコもまだ驚きつつも、同じ思いでいるようだった。

 
 神社から少し離れたあたりで振り返ると、ミハは既に姿を消していた。
 カナメとマリコは、夕焼けが始まった明るい青空の下、震災からの復興が続く町並みへと並んで歩いていった。

 
背中 終


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