【かすていら】


【かすていら】
掌編/SS風/ギャグ・コメディ
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【かすていら】

 
 上積山村(かみつみやまむら)
 積山家の屋敷の庭

信二郎
「米沢(よねざわ)?」

六郎
「はい。城の普請(ふしん。公共事業による建設工事)が終わったとの事で、我ら積山衆からは左門様と信一郎様が挨拶に行くそうです。私と信二郎様も希望すれば付いて行けるとの事ですよ」

信二郎
「それは大層な事だが……父上と弟だけで行けばよかろう。私は積山家を代表するような立場でもないし、それに米沢もそれなりに遠いしな」

六郎
「そうですね……。知人の話だと米沢で『かすていら』なるものが振る舞われたそうなので気になってはいたのですが……」

信二郎
「かすていら?」

六郎
「はい。なんでも南蛮の技術を使って作られた菓子だとか」

信二郎
「菓子か……菓子のために米沢に行くほどでもないな」

信二郎
「だが道中には山賊が出るかもしれん。護衛として付いて行く必要がありそうだ」

六郎
「信二郎様、出発は4日後です」

 
 米沢
 侍屋敷の外壁近く

六郎
「いやぁ、立派な城でしたね。2日間歩き続けた甲斐がありましたな」

信二郎
「ああ。だが結局私も六郎も城の奥へは入れなかったな」

六郎
「まあ……とはいえ、せっかく栄えた町に来たのですから何か見て回りませんか」

信二郎
「……それも良いのだが……うむ……。そういえばその……あれが……気にならないか? あの南蛮の……ほら……」

六郎
「ああ、『かすていら』ですね。そういえばまだ頂いてませんね。食べてみたいですよねぇ」

信二郎
「うむ。いや別に菓子ごときに何という訳ではないのだが、やはり南蛮渡来の技術は後学のためにも一度は触れておいた方が良いだろうと思ってな。それに食べるとかそういう事に限らず、珍しいものに触れるというのは見識を広げるうえで重要な事だ。六郎もそう思うだろう?」

六郎
「そうですね」

与左衛門
「あっ信二郎様、ここにおられましたか。左門様から、帰りの日程について言付けがございます」

信二郎
「待て。『かすていら』は?」

与左衛門
「は……?」

信二郎
「あっ……いや、父上は『かすていら』という物について何か言っていなかったか?」

与左衛門
「ああ……そういえばそのような名前の、さくさくとした、南蛮風の甘い菓子が振る舞われたとか……」

信二郎
「ほう……なるほど興味深い……。それをその……持ち帰ったりとか……なんか……そういう事を聞いていたりしないだろうか……?」

与左衛門
「えっ? いえ、振る舞われた場で全て召し上がられたと」

信二郎
「えーっ!?」

与左衛門
「左門様も信一郎様も大層気に入られたようで……」

六郎
「なんと……こちらにも少しくらい分けてくれればよかったのに……」

信二郎
「……仕方ない、六郎。今回は護衛のために同行したに過ぎないしな」

信二郎
「必ずしも食べられるものではない事は分かっていたんだ。それに米沢の観光もできるし」

与左衛門
「はい……それで帰りの日程について……」

六郎
「よせ、与左衛門」

与左衛門
「は……?」

六郎
「それ以上話しかけると信二郎様が泣く」

与左衛門
「えっ」

 
かすていら 終


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