【人食い村】 2章 ざわめき


【人食い村】 2章 ざわめき
中編/シリアス/流血・遺体・死亡描写あり
※残酷な表現が多く含まれます。苦手な方はご遠慮ください。
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【人食い村】

2章 ざわめき

 
 ヨハンら冒険者達5人は討ち取った山賊6人の首を布にくるんで、捕虜ひとりを伴って山を降りた。
 予定よりはるかに早く山賊に遭遇したこともあり、時刻はまだ昼のさなかだった。空は青く、晩夏の暑さの中で風が秋口の涼しさを運びはじめている。
 村長の屋敷に近付くと、なぜか屋敷の付近に村人が70人から80人ほど集まっており、近付く冒険者達の様子をうかがっていた。

村人
「おいっ! あの首、グリーンさんとこのジャックじゃねえかっ!?」
 中年の男が冒険者達を指差して叫ぶ。それを皮切りに、村人たちは冒険者達を指差して、口々にあの首はどこそこの誰々だと叫び始めた。
 首は布にくるんでいるので遠目には見えないはずである。村人たちは、どこの誰が山賊をやっていたか、知っていた様子だった。

 
「てめえらっ! なんて事をしやがるんだっ!」
「本性を現しやがったな!」
 村人たちが喧騒をまとって冒険者たちに駆け寄ってくる。

ヨハン
「えっ!? ちょ、ちょっと待てっ! なんだこいつらっ!」
 突然の出来事に、5人はすっかり村人に取り囲まれてしまった。

村人
「ひどい……あんないい子がどうしてこんな事に!」
 村人たちはさすがに冒険者達の間合いには入ってこなかったが、時として妙に大げさな身振り手振りで冒険者達に罵声を浴びせかけた。武器のような物を持っている者も何人か見受けられた。

バジリア
「ひっ……」
 バジリアが怯える。それを見た村人の何人かが笑みをこぼしたのをヨハンは感じた。

ロバート
「おい、まだ首も見てねえだろ! だいたい山賊退治を頼んだの、お前らじゃねえのかよ!」
 ロバートが村人たちの方へ向けて反論するが、それに対して村人たちは反論したロバートに罵倒の言葉を集中させる。

クレイグ
「お待ちください! 村長を! 村長にお話をうかがいたい!」
 騒ぎの中でもクレイグの大声はよく響く。村人たちは声にややひるんだようで、わずかに声量を下げて数歩後退した。するとヨハンの視点から、村人たちの後方に村長の姿を確認できた。

ヨハン
「おいクレイグ、そこに村長がいないか?」
 クレイグの肩をたたいて村長のいる方をさし示す。クレイグも村長に気付いた様子で、村長の方に向き直った。

クレイグ
「村長! お話をうかがいたい!」

村長
「…………」
 ヨハンとクレイグの視線を受けた村長は、一瞬都合の悪そうな表情を浮かべつつも、村人たちを静止しつつ分け入って冒険者たちの前に姿を現す。村人達は緊張したらしく、一転して静かになった。ヨハンとクレイグより背が低い他の3人も村長の姿をとらえ、クレイグの後ろから村長の方に視線を向けた。

クレイグ
「村長、これはどういう事ですか? 我々はご依頼通り山賊を退治して、証拠として首と捕虜を持ってきただけです。村人達に非難されるいわれはありません。村長も村人達には話を通しておられたのでしょう?」
 クレイグは村長や村人たちとの距離を保ったまま村長を問い詰める。一方村長も冒険者側の攻撃を警戒しているらしく、成人男性の背丈3〜4人分くらいの距離をおき、それ以上近付く気配を見せない。

村長
「……確かに、山賊退治は頼み申しました。ですが……命を奪えとは一言も言っておりませぬ」
 話す村長の声は、いきり立つ冒険者たちに対する恐怖からか、少し震えていた。村長の言葉に、村人の何人かが口々に肯定の言葉で呼応した。

モルガーヌ
「はあっ!? 山賊退治って、人どうしが武器で戦うって事ぐらい分かるでしょ!? 相手が無事で済むと思ってんの!?」
 抗う言葉を発したモルガーヌに対して、村人が口々に否定や侮蔑の言葉を投げつける。それを聞いたモルガーヌは、声のした方を満遍なく睨みつけた。

クレイグ
「しかし村長。我々は契約の段階で、山賊の命を奪い、証拠として首を持ち帰る事を再三説明したはずです」
 クレイグが冷静に切り返す。この状況で動じないのは何度もリーダーを務めてきたベテランゆえだろう。

村長
「……そうかもしれませぬが、こちらとしては『なんとかしてほしい』としか言っておりません」
 やや目をそらしながら村長が話す。

ロバート
「テメェ、ナメてんのか! そんなモンが通用すると思ってんのかよ!」
 啖呵を切ったロバートに村人たちの罵声が飛ぶ。ヨハンがロバートの方を見ると、腰の剣に手をかけていた。

ヨハン
「おい、ロバート。よせ」
 村人に悟られないようにロバートを静止する。

ロバート
「ああ、分かってるよ。分かってるけどよ……!」
 ロバートが渋々といった感じで腰の剣から手を離す。
 ここでもし村人を斬れば、その事は冒険者ギルドに報告され、ヨハンたちの名声は地に落ちることとなる。村人たちが武装した冒険者達に対して強気なのも、それを知っての事だろう。

クレイグ
「……なんにしましても、こちらには、あなたがたとの直接のやり取りだけでなく、冒険者ギルドから賜っている依頼書があります。こちらの規約にのっとれば、山賊の命を奪ったとしても、山賊退治自体は完遂しておりますので、契約違反にはならないものと存じています」
 クレイグが理路整然と反論の言葉を述べる。

村長
「……そうですな……」
 反論に対して村長は言葉を詰まらせ、村人たちも静まり返る。

ロバート
「そら見ろ!」
 勝ったとばかりにロバートが村長を指差す。

村長
「……ですが冒険者様方、依頼の完遂ということでしたら、まだヒグマ退治が残っております」

モルガーヌ
「はあっ!? このうえまだ私達にやらせようっての!?」

村長
「私どもの依頼は、『山賊退治』と『ヒグマ退治』の2つで1件として冒険者ギルドに依頼しております。ここであなたがたが、残る『ヒグマ退治』を拒否されるのなら、冒険者ギルドにあなたがたの契約破棄を報告させていただきます。当然、報酬の支払いもありませぬ」

ヨハン
「なっ……!? 俺達に盗賊退治させといて報酬の支払いを拒否するってのか!」

ロバート
「妙に報酬が良いとは思ってたが……! てめぇら最初から俺達をタダ働きさせるつもりだったのかよ!?」
 おそらく他の3人も同じ事を考えたであろう。だが村長がそこから続けた言葉はヨハンの予想に反していた。

村長
「ま、まさか。そんなつもりはございません……! ……山賊とヒグマ、これはどちらも即座に退治していただきたいからこそ、2つで1件としてあなたがたをお招きしたまでです」
 村長の震える声に力がこもる。

村長
「ですのでどうかヒグマ退治もお受け願います……! ヒグマもご退治いただければ報酬は必ずお支払いいたします、そのために宿も継続してお使いいただけるよう手配いたします、人助けだと思って、どうか……!」
 その顔には必死な形相が徐々に浮かんできていた。

ロバート
「何を言ってんだよ!? こんな事になってんのに、まだ俺達に……」

クレイグ
「そのお言葉、間違いはありませんか」
 クレイグが唐突にロバートの反論をさえぎって村長と話を進める。

村長
「当然です……!」
 村長の声が明るさを帯びる一方、空は夕刻の暗いオレンジを帯び始めていた。

クレイグ
「わかりました。本日も同じ宿を使わせていただきますが」
 突然村長の言葉に同調したクレイグに、残る4人がぎょっとして視線を向ける。

ロバート
「おい、クレイグ! こんな奴の言う事に耳を貸すのかよ!」
 ロバートの呼びかけに対し、クレイグは体を村長に向けたまま、後ろの仲間4人の方に視線を送って返答した。

クレイグ
「仕方ないだろう。ここで依頼を放り投げて帰ってしまえば俺達は報酬も貰えず、ギルドの評価も下げられてしまうんだ。ヒグマさえ無事倒してしまえば依頼は達成だし、村長から報酬を拒否される余地はない。そうだろう?」

モルガーヌ
「そ……それはそうだけど……」

クレイグ
「村人から受けた仕打ちに我慢ならない気持ちは分かる。だがこれは冒険者として評価を上げる機会なんだ。こんな事があっても依頼を成功させたとして、ギルドが普段より高く評価してくれるはずだ」
 クレイグが他4人の不服に先制する。

ヨハン
「ぐ……」
 そのままクレイグは勝手に話を進めてしまい、結局、冒険者達は前日と同じ宿に宿泊する事となった。取り囲んでいた村人たちは、いきり立ちながらも冒険者達を恐れているらしく、冒険者達がクレイグを先頭に囲みを掻き分けて通ろうとすると、勝手に道をあけて冒険者達から遠ざかった。

 
 冒険者たち5人が前日から宿泊している民宿は2階建ての木骨煉瓦造の建物で、2階にある2つの部屋に、それぞれ男女に分かれて宿泊していた。部屋の窓は小さな1つのみで、床の広さもあまりなく、ヨハンたち男3人の部屋は、人数分のベッドを成人男性の横幅ひとり分の間隔をあけて横に並べたスペースが、床の面積の半分を占めていた。
 疲れ切ったヨハンたちがだらだらと部屋に入って武装を解き、持ち物をまとめたとき、時間は夕刻も半ばを過ぎるところだった。窓から入る光は少なく、部屋は全体的に薄暗い。

ロバート
「ああ、くそっ! 何なんだあの村人どもは!」
 ロバートが粗末な椅子に座って皮袋の水を飲みつつぼやく。そのまま水を飲み干したらしく、手のひら大の皮袋を横向きにして中を覗いている。今回の冒険では、各自が自分の分の水を持ち歩いていた。

ヨハン
「喉がカラカラだな……」
 ヨハンも別の椅子に腰掛け、こちらも自分の皮袋の水を飲む。
 開け放たれた部屋の扉から差し込む夕日が、ロバートとヨハンの間に、オレンジ色の太い直線を引いていた。

ロバート
「あいつら訳わかんねぇ事でキレやがってよぉ。最初から俺達を怒鳴りつけるつもりで村長の家に集まってやがったんじゃねえか……?」
 ロバートが納得していない様子で話す。

ヨハン
「わざわざ俺達を怒鳴るために集まったってのか? そんな事して村人に何の得があるんだ?」

ロバート
「知るかよ……。なぁ、ヨハン。やっぱりこんな依頼投げちまおうぜ。こんな村、助ける必要ないぜ」

ヨハン
「簡単に言うなよ……。確かに俺も、奴らが俺達にキレるために集まってた感じは受けたけどさ……。だいたいさっき依頼を続けるって村長に言っちまったんだから、今から断ったりしたら俺達の名声もだだ下がりだぜ」

ロバート
「名声ねぇ……」
 ロバートが名声という言葉に少し嫌そうな顔をする。

ロバート
「クレイグも言うけどよぉ、評価だの名声だの、冒険者にとってそんなに大事なモンなのかよ」

ヨハン
「そうだな……俺はなんだかんだで大事だと思うよ。冒険者に依頼を出す相手は、依頼が重要なほど、その冒険者がちゃんと依頼を遂行できる人物かどうか意識するだろうし、ギルドも大きい仕事にはそれだけ信頼できる冒険者を選ぶだろうし。名声とか評価とか、そういうものが高いほど良い仕事が舞い込んで来やすいのは間違いないと思うよ」

ロバート
「……そうかい。はぁ、要はここで最悪の評価をもらっちまったら後々の稼ぎに響くって訳か」

ヨハン
「ああ。実際、ここの村人がどれだけ俺達を悪く言おうとも、依頼さえキッチリ終わらせれば、『村人には不満を持たれたけど仕事はちゃんとやった』っていう評価がつくしな。クレイグもそのつもりだろうし」
 ヨハンはそう言いながらも、その言葉を自分で自分に言い聞かせている感じがしていた。

ロバート
「はぁーっ、結局は名声が大事なんだな」
 ロバートがうんざりした様子でため息をつく。それを受けたヨハンが次の言葉を考えていたとき、廊下でモルガーヌが声を上げた。

モルガーヌ
「ちょっと! もう水が無いんだけど」

クレイグ
「ん? 自分の分を飲み切ったのか?」
 同じく廊下に立っていたクレイグが話す。

ロバート
「水が無い? それがなんだよ」
ロバートは部屋の中で椅子に座った姿勢のまま、だるそうにモルガーヌに突っかかる。

モルガーヌ
「ハァ、わかるでしょ。水がもう無いって言ってんの」
 モルガーヌは苛立った様子で自分の皮袋をひらひらさせる。
 声を張り上げる事が多いモルガーヌは水の消費が早いらしく、特に先ほどの喧騒による喉の渇きと苛立ちで、思わず水を飲み干してしまったようだ。

ヨハン
「……なんだ、分けて欲しいのか?」

モルガーヌ
「早く」

ロバート
「ああ? それが人に物を頼む態度かよ」
 ロバートが腹を立てた様子で立ち上がる。

クレイグ
「よせ、二人とも」
 クレイグが軽く仲裁する。

ヨハン
「……俺はまだ余ってるからやるよ」 
 ヨハンはまだ予備の水を残していたので、面倒な気持ちを抑えつつモルガーヌに分ける事にした。
 立ち上がる姿勢を取りつつモルガーヌに袋を向ける。

クレイグ
「……そうだな。よし、皆。各自モルガーヌに少しずつ水を分けてあげよう」
 ヨハンの行動を皮切りに、クレイグが音頭を取る。
 ロバートも嫌そうな顔をしつつも部屋の奥に置いた荷物袋を探りに行き、クレイグも続いて部屋の奥へ向かった。

 
 ヨハンは自分の水を手に持っている状態だったので、立ち上がってモルガーヌの袋に水を注ぎに向かう。モルガーヌは袋を胸の高さに掲げた状態で、機嫌悪そうな顔で立って待っていた。
 だが、ヨハンがモルガーヌの袋に水を注ごうとしたとき。不意にモルガーヌが自分の袋をさっと動かし、ヨハンが注ごうとした水が床にこぼれた。

ヨハン
「あっ。おい、なんだよ」

モルガーヌ
「なんだよはこっちのセリフなんだけど」
 モルガーヌがあごでヨハンの袋をさして話す。

モルガーヌ
「ヨハン、それあなたが口つけた水でしょ? 他人の口がついた水からどんな病気が移るか考えた事ないの? こういう時は予備の水を持ってくるものでしょ? 何年冒険者やってんの?」

ヨハン
「えっ……あ、ああ。悪い」
 モルガーヌの言った事はその通りだったが、ヨハンは腹の虫がうずくのを感じていた。
 モルガーヌも苛ついているのだろう。ヨハンはそう自分を納得させ、あらためて予備の水をモルガーヌに分けて自分の部屋に戻った。
 ヨハンが廊下と部屋を往復している間に、他の3人もモルガーヌに水を分け与え終わったらしく、各自部屋に戻っていた。
 ヨハンが部屋に戻ると、部屋の窓の脇にロバートが立っていた。窓から見える外は夕日で真っ赤になっており、ロバートの顔をオレンジに照らしていた。

ロバート
「……おい、ヨハン。外見てみろよ」
 ロバートが顔で窓の外をさす。
 見ると外の道沿いの木に、ヨハンたちが捕らえた山賊の男が縛り付けられており、周囲を30人前後の村人が取り囲んでいた。
 縛り付けられた男は意識がある様子だったが、全身傷だらけになっており、取り囲む村人たちは、その男に向けて石を投げたり唾を吐いたりしながら、罵倒の言葉を浴びせ続けていた。

ヨハン
「うわっ……なんだあれ……」

ロバート
「……なあ、おかしくねえか? 同じ山賊でも、首だけになった奴らはあんなに哀れまれていたのによ」

ヨハン
「って言うか……あいつら、笑ってないか?」
 取り囲む村人たちは、斜陽に照らされて顔に濃い影がかかり、表情がよく見えなかったが、口からは怒りの言葉を発しつつも、誰もが笑っているようにも、楽しんでいるようにも見えた。
 思えば首を持ち帰った際に囲まれたときも、村人たちの中に笑顔があった。悲しんでいる風の者も妙に身振り手振りが大げさであり、ヨハンは村人から罵倒されているようで、少し違うような印象を受けていた。

ロバート
「村の仲間をやられた復讐って感じでもねえよな……どうにも気味が悪いぜ」
 そう言ってロバートは窓から離れ、3つあるベッドの真ん中に寝そべった。どうにも落ち着かない様子である。
 ヨハンも外を見るのをやめて窓際のベッドに寝そべる。身体も洗っていなければ着替えてもいないが、もはやそんな気にはなれなかった。
 クレイグも既に入口に近い側のベッドに寝転がり、着替えもせず、毛布すら被らずに眠っている。

ヨハン
「明日以降のヒグマ退治は大丈夫なんだろうか……」
 熊は山賊と違い、人間よりはるかに山林に慣れている以上、熊狩りには5日ぐらい掛かる事もあった。
 なによりヒグマは、歩けば猫のように静かで、走れば馬のように速く、野生動物にもかかわらず火や魔法を恐れない。知能も極めて高く、道具を使ったり、足跡を偽装して敵の背後から奇襲したり、獲物の逃走経路を予測して別経路で先回りしたりと、野生動物の中でも飛びぬけた頭の良さがある。さらにその爪が繰り出す一撃は虎さえも簡単に倒し、時として竜すら倒す化け物である。
 こと今回のヒグマは体長が成人男性を頭3つから4つ分ほど上回る大きさとの情報だった。鹿ぐらいしか狩ってこなかったであろう村の狩人では、とても歯が立つ相手ではなかった事だろう。
 ヨハンは考えているうちに眠れそうかと思ったが、どうにも外の喧騒が気になって寝つけなかった。

ヨハン
「……ああ、そうだ。窓を閉めてねえや……」
 窓が開けっ放しなのを思い出したヨハンが窓を閉めようと近付く。空の赤さは血のように黒みがかり、明るさを失いはじめていた。
 ヨハンは窓に手をかけた際、外の騒ぎがさっきより大きくなっているような気がした。不審に思って外をのぞいたヨハンは、村人たちが、縛り付けられた男とは別の場所、よりヨハンたちの宿に近い場所に集まって騒いでいる事に気付いた。

ヨハン
「……なんだ? 人が塊みたいになっているものがあるな……。……ん? 中央にいる奴ら……半裸の男が何人かいる……!?」
 胸騒ぎを感じて人の塊の中心に目を凝らすと、服をびりびりに破られた少女が、血まみれで力なく横たわる姿があった。
 ヨハンはその少女に見覚えがあった。いや、見覚えどころではない。

ヨハン
「――バジリア……!?」

ヨハン
「おいっ、クレイグ! ロバート! 起きろっ!!!」
 バジリアが村人に襲われている!
 ヨハンはクレイグとロバートの胸倉をゆすって無理矢理起こす。

ロバート
「な……なんだよ……」

ヨハン
「大変だっ! 外でバジリアが村人に襲われてるっ!」

クレイグ
「何ッ!?」
 即座にヨハンは槍を、ロバートは剣を、クレイグは長剣を持って1階に駆け降り、泊まっている部屋と同じくらいの狭さの食堂を抜けて外に出る。モルガーヌは既に起きていたようで、無言で3人の後ろに着いて来ていた。
 外に出てバジリアを襲う人だかりに怒声を上げる。

ヨハン
「お前ら何してんだっ! そこをどけ!」
 武器を向ける冒険者達を見た村人たちが蜘蛛の子を散らすように逃げる。村人がどいた場所には、血まみれのバジリアがぐったりと横たわっていた。

クレイグ
「バジリア! バジリア!」
 3人で駆け寄って呼びかけるが返事がない。半開きの目からは光が失われており、血だらけの細い体は冷たくなりはじめていた。

ロバート
「……駄目だ。もう死んでるよ」
 バジリアの首筋に手を当てたロバートが冷徹に言う。

ヨハン
「だ……だけど、まだ助かるかも……」

クレイグ
「……いや、これはもう無理だ」
 クレイグは冷や汗を流しつつも、動揺するヨハンを冷静に制する。

ヨハン
「……!」
 ヨハンが言葉を失っていると、囲む村人たちの赤黒い影の群れからざわつきの声が聞こえはじめた。
 逃げた村人が戻ってきたり、騒ぎを聞いて別の村人が集まってきたりしたらしく、囲む村人の数は徐々に増え、距離も狭まってきていた。
 気付いたヨハンが槍を向けて牽制する。

ヨハン
「畜生、誰がバジリアを……!」
 村人達は、地面にたかる虫が人間の踏みつけをよけるがごとく、槍を向ければ散るものの、槍を別の場所に向ければ再び集まり、群れたまま一定の距離を保ち続けていた。
 せわしなく槍の方向を変えるヨハンを見たクレイグが声をかける。

クレイグ
「落ち着け、ヨハン!」

ヨハン
「ぐ……」
 動転する気を抑えて村人との間合いを保っていると、村人を掻き分けて村長が走ってきた。
 村長は、先ほどの震えつつも冷静だった印象とは打って変わり、顔面蒼白で慌てた様子だった。

村長
「ああ、な、何て事を……! 冒険者様、これは生きておられますか!? どちらが先に手を出したのですか!?」
 村長は震える手を前に出して話した。

ロバート
「死んでるよ。見ての通り、そこにいる連中にやられたんだ」
 ロバートが村人たちを指差す。
 半裸の村人たちはまだ群集の中にいた。脱いだ服がバジリアの横に置きっぱなしなので、服を着る事ができないのだ。

村長
「……!」
 村長の顔は汗だくだったが、バジリアの方を見ていなかった。
 そして村長はすぐに、はっとした表情で後ろを振り返った。

村長
「だ……誰がこれをやったんだっ!」
 村長が群集の方を見ながら、バジリアを指差して叫ぶ。

 
「違う! そいつが先に攻撃してきたんだっ!」
「俺たちは仕方なくやったんだよ!」
 群集の手前にいた何人かの男が叫ぶ。

村人
「あいつが俺を魔法で吹っ飛ばしたんだ!」
 半裸の男まで叫びだす。続いて何人かの村人が肯定の言葉を叫びはじめる。だが、バジリアと、襲われたという村人たちの状態を見れば、村人たちの方が能動的に襲い掛かったのは明白であった。
 いきり立つ村人たちを見た村長は、このままでは話にならないと判断したのか、冒険者達に向き直って話を始めた。

村長
「冒険者様方、申し訳ございません! どうか、どうかこの事をギルドに報告するのは……」

クレイグ
「それはこちらが決める事です」
 村長の弁明をクレイグが両断する。

村長
「で……ですが……。……そ、そうだっ、せめてそちらの少女を我々が弔わせて……」

ヨハン
「おい! こいつらに預けるとバジリアに何するか分かんねえぞ!」

クレイグ
「そうだな。ヨハン、バジリアを部屋まで運んでくれ。村長。また明日、話をつけに参ります。もし村人がまた我々に危害を加えるような事があれば、そのときは分かりますね」

村長
「わ、分かりました。ですがどうか、どうか……」
 懇願する村長を置き去りにして、ヨハンがバジリアと彼女の持ち物を抱え、残り3人で村人を牽制しながら全員で宿屋へ戻る。

 
 村人の罵声を浴びつつ宿屋の入口をくぐり、明かりがなく薄暗くなっていた宿屋の食堂を通ると、夕闇が差し込む台所の方から、宿屋の主人と、その妻と、10歳前後といった男児の計3人が、不審そうにこちらを眺めていた。

 
3章へ続く


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