【人食い村】 1章 噂


【人食い村】 1章 噂
中編/シリアス/流血・遺体・死亡描写あり
※残酷な表現が多く含まれます。苦手な方はご遠慮ください。
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【人食い村】 2章 ざわめき


 
【人食い村】

1章 噂

粗野な冒険者
「奴らは一度人間の味を覚えちまうと、積極的に人間を襲うようになるんだ」
 からりと晴れた秋の青空の下、ややみすぼらしく粗野な服装の男が、顔だけ振り返って面倒そうな声で言う。彼が振り返った後ろには、彼を含めて5人の冒険者集団が連なり、森の小道を歩いていた。
 紅葉が始まりかけた木々を、夏の残る朝の日差しが抜け、森全体を暖かく照らしている。

胸元の開いた冒険者
「心配しなくたって相手は熊でしょ? 私達全員がしっかり連携すれば大丈夫だと思うけど?」
 5人の中央あたりを歩く、胸元の開いた服装の女が、軽めの態度で話す。
 しばらく良い天気が続いていたらしく、踏み込むたびに、足元の小枝や枯れ草がぱきぱきと乾いた音を立てる。

粗野な冒険者
「熊は熊でもヒグマだぜ。簡単にどうにかできる相手じゃないだろ。それにヒグマだけじゃなく、山賊も俺達5人で相手しろだなんてよぉ。無茶な依頼だぜ」
 粗野な男が不満を垂れた時、2番手を歩く、ひときわ体格の良い男の明瞭な声が空気を両断した。

体格の良い冒険者
「今さら文句を言うんじゃない。もう受けた依頼なんだ」

胸元の開いた冒険者
「そうよ」
 胸元の開いた女が追い討ち気味に同意する。

胸元の開いた冒険者
「今からそんな事言われるとバジリアだって不安になるでしょ? ねえ?」

地味な冒険者
「えっ……う、うん……」
 胸元の開いた女のすぐ右隣を歩く地味な少女は、急に振られた話に戸惑う様子で肯定の言葉を述べた。

粗野な冒険者
「なんだよ……チッ。おい、ヨハンはどう思うんだよ」
 粗野な男は少し機嫌を崩しつつ、最後尾を歩いていた甲冑姿の男に声をかけた。

ヨハン
「えっ、俺……?」
 不意に声をかけられたヨハンがつい歩く速度を緩めた事で、前の4人が立ち止まり、その視線がヨハンに向けられる。5人の冒険者達の間に枯れ葉が数枚はらはらと落ちた。
 ヨハンとしては、この曇った雰囲気に入ってゆくのは面倒だったが、一方でこの粗野な冒険者の言う事には同意するところもあった。

ヨハン
「うーん……そうだな。俺も今回の依頼は無茶というか、変だと思うよ」
 ヨハンは右手で杖代わりにしていた、自分の身長よりやや長い槍に少し体重をあずけて話す。

ヨハン
「まず依頼の内容がヒグマ退治と山賊退治のふたつなのに、まとめてひとつの依頼になってるのが変だよな。それに山賊は話では7人なのに、こっちは5人だし、ヒグマ相手なら熊狩り専門の狩人のひとりでも付けてくれれば話は早いところだよな……」
 山賊もヒグマも、村人の命を数多く奪っており、どちらも簡単な依頼ではなさそうだった。

粗野な冒険者
「なっ? そうだろ?」
 粗野な男は少し勝ったような顔でヨハンの顔を指差す。一方でヨハンは胸元の開いた女が何か文句を言わんとしたのを感じ、先制して話を足した。

ヨハン
「だけどよ……俺達はこの内容で依頼を受けたんだし、やるしかないんじゃないか?」
 ヨハンの返しに、粗野な男は少し黙ってからため息交じりに答える。

粗野な冒険者
「…………そうだな……」
 粗野な男が折れたのを見て、再び胸元の開いた女が彼に対して得意げな顔を向けようとしたが、その間にいる体格の良い男が視線で彼女を制した。
 話が落ち着いた5人は再び森を歩き始め、靴が地面の葉や枝を踏む音が森に響く。

バジリア
「あの……噂……、あの村、噂がありますよね……」
 今度はバジリアの細い声が他4人の目を集めた。

バジリア
「あっ……ご、ごめんなさい……」
 バジリアは自分に集まる注目にひるんだ様子で、歩速に流れゆく地面に視線を落とした。
 森を抱える山はまだゆるやかなもので、道幅は成人男性5人が並んで歩ける広さを保っていた。だが森は歩くにつれて周囲の木の密度を増し、徐々に見通しが悪くなりつつあった。

胸元の開いた冒険者
「あー、噂ね。噂って言うか……まあ言っちゃうけど、みんななんとなくは知ってるよね」
 胸元の開いた女の言葉に対して、前を歩く2人も、表情の無い視線で同意の意を示す。ヨハンも村の噂については聞き及んでいた。

 
 今回の依頼があった村には、以前にも冒険者ギルドから冒険者集団が出張った事があった。
 具体的にはこれより10年前、5年前、2年前の計3回あり、それぞれ盗賊団だったり、野生の怪物だったりと色々な理由による依頼だった。
 だが10年前に出張った冒険者集団が、村人との間に揉め事を起こして依頼を放棄したのを皮切りに、5年前に出張った冒険者集団は依頼の途中で全員が死亡し、2年前に出張った冒険者集団も生還者1名という有様で、1度も冒険者集団が依頼を完遂していないばかりか、これまで2度続けて冒険者集団の壊滅が発生していた。

 
 事態を重く見た冒険者ギルドは、その5年前と2年前に壊滅が発生した直後にそれぞれ調査隊を送っているが、当事者であろう村人は、村長を含めた誰もが「冒険者達が勝手に命の奪い合いを始めた」と話すばかりであり、事実、死亡した冒険者の死因も討伐対象との戦闘を除けば、半数以上が仲間同士によるもので、残りも突如村人に襲い掛かるなどして村人に逆襲されての致命傷だったという。

胸元の開いた冒険者
「……といっても来てみたら大したことない普通の村だったし、正直そのテの話って、たいてい報酬がらみで喧嘩して刺し違えちゃったとかでしょ?」
 実際、金を目の前にした喧嘩はあちこちで聞かれた。冒険者は職業柄、ならず者が多く含まれており、初対面の相手と共に仕事をする機会も多く、さらに派遣報酬は旅費などの経費を含むと下層階級にとっての大金になりやすい。喧嘩を誘発する要素は多いのだ。

体格の良い冒険者
「……村からすれば迷惑な話ではあるが、冒険者集団が壊滅するほどになった事が珍しいだけで、冒険者同士の喧嘩が二度三度重なるのはそう珍しい話ではないな」

粗野な冒険者
「……そうだな」
 事実、ギルドが派遣した調査隊が、村の調査後に発表した内容は、『冒険者達は依頼の内容を巡って争いとなり、命の奪い合いに発展した末に壊滅した』というものだった。

胸元の開いた冒険者
「……報酬どころか、前金を持ち逃げして姿をくらます奴もいるらしいじゃん。……ねえ?」
 彼女の言葉以降、冒険者達は少し黙り込んだ。話に納得した風の冒険者達だったが、一方で全員が含む言葉のある表情だった。

 
 その話には続きがあった。2年前に出張った冒険者集団の生還者1名の件である。
 ギルドの公表した情報では、『その人物は、その後冒険者をやめて帰農したので、冒険者ギルドとしてそれ以上関わっていない』との事だったが、幾人ものギルド関係者の口を経由して、その人物に関する噂が冒険者達の方にも流れていた。
 噂は噂なだけあり、語る人の数だけ様々な尾びれ背びれがついていたが、ほとんどの噂に、共通する点が3つあった。
 1つ目は、ただひとり帰還したその人物の性別は男性という事。
 2つ目は、彼は帰還したときには理性を失っていたという事。
 そして3つ目は、ギルドの取調べに対して、うわごとのように言ったという言葉。

 
『みんな あの村に食われたんだ』

粗野な冒険者
「……まあ。気にするだけ無駄だな」
 粗野な男が調子の良い態度で不穏な空気を掻き分け、他の4人もそれに乗るように同意の表情をして歩みを進める。
 だがヨハンとしては、その話に関連して、今こうして村に派遣されたメンバーについても穏やかでない印象を感じていた。

粗野な冒険者
「さっさと山賊の首持ち帰って酒でも飲もうぜ」
 この粗野な男は名をロバートといい、冒険者になったばかりの新人との事だったが、妙に冒険慣れしており、元狩人という出自も信用しきれない部分があった。

胸元の開いた冒険者
「で、その山賊とやらの拠点にはいつ着くの?」
 胸元の開いた女はモルガーヌという名の魔法使いで、実績は確かだが旅先で揉め事に巻き込まれやすい体質らしく、彼女のいる冒険者集団は冒険中に何か揉め事を起こす事が多かった。
 当の本人は揉め事の内容について、『自分はサバサバしているのであまり覚えていない』と前置きして語るばかりであった。

バジリア
「……」
 バジリアはあまり目立つところがなく、実績もかんばしくなかった。彼女は冒険者2年目の若手魔法使いで、この5人の中で最年少だった。

ヨハン
「まだしばらく歩く必要があるんじゃないか?」
 ヨハンはメンバーの中ではモルガーヌと共に中堅どころだったが、数週間前に報酬をピンハネしたギルド職員につっかかり、その職員に評定を下げられていた。

体格の良い冒険者
「いずれにしても近くなってきた事は確かだ。気を緩めるなよ」
 体格の良い男はクレイグといい、今回の冒険者集団のリーダーを担っていた。
 彼は5人の中で最も経験豊富で、誰もが実力を認めるような名の通った冒険者であり、これまでの依頼者からの評価もすこぶる高かった。だが一方で危険な依頼を頻繁にこなしているためか仲間の死亡率が高いきらいがあり、彼の話になると少し口ごもる冒険者もいた。

ロバート
「しかしだいぶ日陰が増えて来たな。暑さが減ったのはありがてぇ所だぜ」
 先頭をゆくロバートがちらりと後ろを見て話す。
 今回の依頼で派遣されたこの5人は、5人ともギルドに不安を抱かせる要素を持った冒険者だった。ヨハンはこの人選に、村の不穏な噂を裏付けるようなものを感じていた。5人という村側の人数指定と報酬の妙な高さも引っかかるところだった。

モルガーヌ
「そうは言ってもさぁ……」
 少しうんざりした様子のモルガーヌがため息混じりに話し始めた、その時。

 
 先頭を歩いていたロバートが急に時計回りに反転し、振り向きながら右手から鋭く光る物を投げた。
 それは2番手のクレイグの左を抜け、3番手4番手のモルガーヌの右とバジリアの左のわずかな間をぬい、5番手のヨハンの右手の茂みに飛び込む。

 
「がっ……!」
 直後にその茂みから何者かの悶絶の声が上がり、茂みの中から、首の中央に小さな刃物が突き刺さった男が現れて小道に倒れこんだ。男の手には粗末な槍が握られている。

ヨハン
「!」
 待ち伏せだ!
 悟ったヨハンが時計回りに後ろを見やると、背後で別の山賊がまさにヨハンに向けて剣を振り上げるところだった。
 ヨハンは杖代わりにしていた右手の槍を即座に地面から上げ、振り向きざまに石突(いしづき。刃とは反対の側)で、敵の無防備な腹に突きを入れる。

 
「ぐぇっ!」
 内臓に強烈な一撃を食らった山賊は腹を押さえてよろめくが、なおも剣を離さない。
 ヨハンはそのまま山賊の方へ向き直り、槍の刃の側を前に出し、前方を左手で、後方を右手でつかみ、両手持ちによる渾身の一撃を山賊の胸に打ち込んだ。槍が服を破り、肉を貫通した感触がヨハンの手に伝わる。山賊は声を上げることもできず、胸に槍が刺さったまま前のめりに倒れた。
 ヨハンが山賊に刺さった槍を引き抜きにかかっていると、ヨハンの右手側となる、隊列の左側に、弦楽器の低音のような低い音と共に、青く光る半透明の円形の壁が広がった。
 直後、少し離れたところから鞭(むち)を打ったような音が立て続けに2回鳴り、拳大の石がふたつ円形の壁に叩きつけられ、それぞれ高い破裂音と共に速度を失って地面に落ちた。モルガーヌが障壁(バリア)を張って敵の投石を防いだのだ。
 石の飛んできた方を見ると、奥の茂みに投石紐を持った山賊がふたり立っているのが見えた。

 
「くそっ!」
 より遠くに立っていた方が焦りの声を上げた刹那、その山賊の喉に小さな刃物が突き刺さった。

 
「うっ……!」
 山賊が喉を押さえて後ろに倒れこむ。ロバートが投げた短剣だ。
 隊列の先頭を見ると、クレイグとロバートの立ち位置が入れ替わっており、先頭に立ったクレイグが既に3人目を長剣で斬るところだった。
 他に新たな敵の気配はない。残る投石紐の山賊ひとりは仲間6人があっという間に倒されたのを見て恐慌の表情を見せ、背中を向けて逃げ始めた。

バジリア
「――静穏なる風よ、今ここに次の形となり眼前の敵を打ち倒したまえ! 風塊の矢(ふうかいのや)』!」
 バジリアが左手を胸の高さに上げ、右腕をぴんと伸ばして短い魔法杖を山賊にぴたりと向け、呪文を唱えた。すると杖の先端から逃げる山賊の背中までを直線で結ぶように、小指ほどの細さの景色の歪みが一瞬現れた。

 
「あがっ!」
 瞬間、丸太を石壁に打ち付けたような低い衝突音と共に逃げる山賊が前方に吹っ飛び、わずかな間をおいてバジリアと山賊を結ぶ直線の下にあった落ち葉がいっせいに立ち昇る。さらにその落ち葉が渦巻く直線から突風がヨハンたちへ吹き抜け、周囲の落ち葉が吹雪のごとく踊り狂った。

 
 踊りを終えた落ち葉たちが再び地面に沈澱すると、森は静寂を取り戻していた。
 7人いた山賊は全滅した。素人ばかりの山賊は、数で勝ったところで、場数を踏んでいる冒険者達の相手ではなかった。
 ヨハンが味方の方を見ると、モルガーヌの姿が見えない以外は全員が無傷だった。

モルガーヌ
「ちょっと、ロバート! 短剣を投げるんなら言ってよ! 危ないでしょ!?」
 姿が見えなかったモルガーヌがヨハンの近くに現れ、服から落ち葉を払いながら甲高い声を上げる。透明化の魔法を使っていたようだ。
 本来の透明化は極めて高度な技術だが、モルガーヌの行使した魔法は簡易的なものらしく、姿を消せるのは本人だけで、姿を消せる時間も短く、相手が魔法使いだと簡単に探知されてしまう他、色々と不都合があるという。しかし山賊のような魔法の心得の無い相手になら、充分効果を発揮するものだった。

ロバート
「ああ? 言ったら敵にバレるだろうが!」
 対してロバートは面倒そうに食ってかかった。

クレイグ
「二人ともよせ。なんにしても被害なく終わったんだから良かった事だ」
 リーダーのクレイグがよく通る低い声で仲裁する。

 
 その後、ヨハンとクレイグで死んだ山賊を一箇所に集め、残りのロバート、モルガーヌ、バジリアでそれを埋める穴を掘りにかかる。そうして作業を続け、ヨハンが3人目の山賊を引きずろうとしたとき、その山賊に息がある事に気付いた。

ヨハン
「……ん? おい、こいつ生きてるぜ」
 仲間たちのいる方に声をかける。

山賊
「う……げほっ、ひぃっ……た、助けて……」
 最後にバジリアが倒した男だった。バジリアが致命傷にならないよう加減したために生き残ったようだ。恐怖と背中に食らった衝撃により立つ力を失っているらしく、わずかに動く手足で地面を掻いている。

ヨハン
「どうするよ、クレイグ」
 村人の命を多数奪っていた山賊を生かしておく義理もないが、バジリアが加減した手前もあるので、リーダーのクレイグに判断を仰ぐ。

クレイグ
「戦意のない者の命を無駄に奪う事もないだろう。ギルドに引き渡そう」

ロバート
「おい、まだヒグマ退治が残ってんだぜ?」
 近くでロバートが穴を掘りながら声をかける。

ロバート
「ギルドに引き渡すまでどこで誰に預けるんだよ。それに引き渡したってどうせ斬首だろ。面倒くせぇ、やっちまおうぜ」
 戦闘時の短剣投げといい、ついこの間までただの狩人だった男とは到底思えない言動である。

モルガーヌ
「ちょっと、よくそんな事が言えるわね」
 モルガーヌが穴を掘りながらロバートに横槍を入れる。

ロバート
「るせーな……ん? おい、こいつら村の人間と同じ服着てるぜ」
 言われてヨハンも山賊を見ると、確かに依頼のあった村の村人と同じ服を着ている。その村人たちは、服の構造こそ近辺の住民と同じだったが、服の肘のあたりに渦巻きとも花ともとれる独特な模様を伝統的に入れていた。

ヨハン
「村人から奪った服を着てるんじゃないのか?」

ロバート
「にしては全員が全員同じ物を着てるぜ。こいつら本当に外から来た人間なのか?」

モルガーヌ
「無駄話してないで捕まえたそいつに聞けばいいでしょ」

クレイグ
「そうだな。おい、お前。話は聞いていただろう?」
 クレイグが捕虜の男を見やる。

山賊
「ゲホッ……そ、そうだよ。なあ、何でもいいから……はぁっ、助けてくれるんだよな……」

クレイグ
「お前次第だ。なぜ村の人間が、同じ村の人間の命を奪ったんだ」

山賊
「ふ……復讐だよ……。俺達を虐げた……村の奴らへの……」

モルガーヌ
「復讐? 集団を組んで無差別に村人を襲う意味がわからないんだけど。恨みがある奴がいるんならそいつに個人的に復讐すればいいでしょ」

山賊
「ち、違う! 俺達を虐げた奴らってのは、村に住んでる奴ら全員だ! 奴ら子供が出来損ないだと、寄ってたかって見下して区別し始めるんだ!」
 男は自分の話に気持ちをたかぶらせてゆくうちに恐怖心が減った様子で、徐々に舌が回るようになっていった。その後も男は、『実の親すら自分達を笑いながら殴った』『こんな非道な村を潰すのに何の躊躇も無い』などという理論を展開していった。

クレイグ
「ふざけるなっ! 育ててもらって親を悪く言うとは何事だ!」
 クレイグが男の言い分を一蹴する。

山賊
「ひっ……! あ、あんたは何も知らないから、そ、そんな事が……」
 恐怖心を取り戻した男は再び萎縮し、唇を震わせた。

クレイグ
「黙れ! お前のような奴の言い分を聞くと思うか!」

ロバート
「なあ、クレイグ。親ったって色んな奴が居るんじゃねえの?」
 ロバートが唐突に男へ助け舟を出す。

モルガーヌ
「はあ? あんた山賊の肩でも持つ気? そっちの味方なの?」
 相変わらずモルガーヌがロバートにチクチクと横槍を入れる。その顔は怒っているようで、どことなく優越感のような物を漂わせている。

ロバート
「そうじゃねえよ、……俺だって親に捨てられて育ったしよ。親がみんな善人なんて事はないだろうよ」

クレイグ
「ロバートは親に捨てられたかもしれないが、この男はここまで育ててもらっておいて、その親に刃を向けたんだぞ?」

ロバート
「…………」
 ヨハンはロバートが援護を求める視線を一瞬自分に投げたのを感じ、話に加わることにした。

ヨハン
「……ああ、その……、駄目な奴は親になったって駄目だったりするし、親が子供を全部育ててる訳じゃないだろうしさ……」
 農民出身のヨハンは、自分の村を飢饉が襲った際、それなりに食べ物を食べている人物が躊躇なくわが子から食べ物を取り上げるさまを見た事があった。ヨハンはその子供に自分の食べ物を分け与えて共に生き延びたが、その経験がクレイグの論調に対して懐疑的な感情を生ませていた。

ヨハン
「ただ……その、うーん……。……こいつ山賊だし、村の人間を結構やってるみたいだし……。どこまで信用できるのかは俺にも分からないけど……」
 ヨハンの歯切れの悪い言葉を聞いていた3人は、少し間を置いてそれぞれため息をつき、押し黙った。
 ヨハンは、話に踊り込んでおきながら、荒波を立てぬよう話してしまった自分の臆病さを心で責めつつも、険悪だった3人がひとまず落ち着いたのを見て胸を撫で下ろす気持ちもあった。

ロバート
「……なんにしてもよぉ、村の人間が山賊になって故郷の村を襲うなんざ、どうにも関わりたくない何かがありそうじゃねえか?」
 ロバートがこぼす。ヨハンも、依頼を受けて村に来た時から、引っかかる事が色々あった。

 
 当初、山賊退治とヒグマ退治の依頼を受けて村にやってきた一行は、冒険者ギルドから受け取った村の地図を頼りに、村の入口を守る門をくぐり、村長の家へと向かった。
 村の中心部は、広大な農地の中をうねりながら横切る長い中央通りに沿って、木骨煉瓦造の建物がまばらに並んでおり、そこだけ見れば小奇麗な町といえる風貌だったが、人通りはほとんどなく、店もあるように見えてどれも締め切られていた。
 そんな町並みを歩いて村長の家に向かう途中に、ヨハンは異様な光景を目にした。子供が全身アザだらけの姿で縄で木に縛り付けられていたのだ。しかも子供の状態から察するに、縛り付けられたまま数日、あるいは数十日も経過している様子だった。それを村長の家に向かうまでに、それぞれ別の場所で合計5人も見る事となった。

 
 悪い子供が縛り付けられているような事は、治安の悪い地域に行けば見られなくもない光景だったが、5人という人数の多さは初めてであり、今回訪れた村は山賊こそ出現しているものの村自体は至って平凡で治安も悪くない印象だった。また、縛られた子供はいずれも、やんちゃな悪がきといった感じではなかった。
 縛り付けられた子供達は、横切るヨハンたちを黙ったまま感情のない目で見つめていた。

ヨハン
「……なあ、あれ……」
 依頼を受けに村長の家へ向かう途中、気になったヨハンは、共に歩いていた4人に小声で知らせた。他の4人も気になっていた様子だったが、関わると面倒な事になりそうで黙っていたようだった。

ロバート
「関わらない方がいいと思うぜ」
 知らせたヨハンに対して、ロバートが制止の言葉をかける。だがヨハンはどうしても気になってしまい、通りすがる村人を見つけては呼び止めて質問しようとした。しかし、村人たちはヨハンの呼び止めを無視するばかりで、なかなか呼び止めに応じなかった。
 その後、15人ほど数えたあたりでようやくひとり、中年の女性が怪訝(けげん)な顔をしながらも立ち止まったので、ヨハンは縛られている子供をそれとなく指差し、無言の質問を投げかけた。だがその中年の女性から返ってきた言葉は、『あの子は悪い事をしたから仕方が無い』という旨の一言だけだった。

クレイグ
「ヨハン、もうよせ。村人に迷惑がられるぞ」
 クレイグが、腑に落ちない様子のヨハンに声をかける。

ヨハン
「あ、ああ……悪い」
 結局疑問は晴れないまま、ヨハンは村長の家へ向かう道に戻った。
 村の中心部はそれなりの広さがあり、村の奥にある村長の家まではそれなりの距離があった。その道を行く先々で、縛り付けられた子供ほどの印象深さはないにせよ、気になる事は続いた。
 中でも気になったのは村人達の態度で、冒険者達を見て声を潜めて何か話している者、聞こえよがしに冒険者達の悪口を言う者、何か詰め寄ろうとして別の村人に静止されている者など、冒険者達に対して悪意を隠そうとしない村人を多く見かけた。

バジリア
「……この村の人達って、ふだん何で遊んでいるんでしょうか……?」
 道中、バジリアが不意につぶやく。気付けば冒険者達は無言になっており、話しはじめたバジリアに4人の視線が集まる。

バジリア
「あっ……ご、ごめんなさい……」
 バジリアは他人と話す事の苦手さゆえか、口数が少ないわりに沈黙を破ってしまう事が時々あった。
 ヨハンは、そのまま黙ってしまったバジリアの代わりに会話を続けた。

ヨハン
「……言われてみると、村人が何かで遊んでる姿が見えないよな。……ここの村人って、仕事をしていない時は何をしてるんだ?」
 ヨハンの故郷の村では、暇ができた村人が盤上ゲームなどを楽しんだりする事も多く、それこそいい大人が玉投げに夢中になる姿もあり、それを後ろめたいと思う者は少なかった。

モルガーヌ
「見えないところで遊んでるんじゃないの?」
 興味無さげにモルガーヌが応じる。

ヨハン
「それもそうか……」
 結局会話はそこで終わってしまい、冒険者達はそのまま無言で道を進んでいった。
 ヨハンは農民出身というだけでなく、冒険者稼業もそれなりにこなしていたので、よそ者に対して排他的な村をいくつも経験していた。そのため、この時はまだ違和感を覚えつつも、『排他性が強い村なのだろう』『過去の冒険者達の失態を見て冒険者を敵視しているのだろう』といった印象を持つのみだった。

 
 やがてヨハンら一行は依頼の主たる村長の屋敷に通され、村長から依頼の話を直接聞く段階となった。
 一行が案内された屋敷の応接間は、床も壁も落ち着いた色合いの部屋で、家具も焦茶色(こげちゃいろ)で統一されていた。全体に経年劣化の跡が見て取れたが、入口の片開きの扉から、冒険者達が腰掛けた木の椅子に至るまで、一般的なものより堅実なつくりで、ところどころに華美な模様も彫られており、村長の一族が昔からそれなりに裕福であった事がうかがい知れた。

村長
「……この村の近辺に、もともとヒグマは住んでおりませんでした」
 応接間の奥に腰掛ける、年老いた風貌の村長は、やや震えた声で冒険者達に向けて話した。
 村長の話によると、人食いヒグマの件については、この村の近辺にもともとヒグマは住んでいなかったが、飢えたヒグマが餌を求めてか、何かの拍子に山を超えて村のある盆地に侵入してしまい、村人を食らったとの事だった。その後、村は狩人を集めてヒグマ狩りを敢行したが、経験のない狩人はヒグマを狩る事ができず、村人が二人三人と犠牲になったという。
 その時点ではまだ村人達は、自分達の手でヒグマを狩る事を目指していたが、今度は山賊の出現によりそれどころではなくなり、進退きわまって冒険者ギルドに要請を出したとの顛末だった。

ロバート
「だけどよ、山賊は何でこんな辺鄙(へんぴ)な所にある貧しい村を襲うんだ? 俺が山賊だったらこんな村襲わないぜ」
 村長の前でロバートが口を滑らせる。
 事実、村は交易路から離れており、村自体もたいして豊かでなく、さらに険しい山に囲まれた盆地にあるため、侵入して襲って帰るだけで相当な苦労が伴うのを予想できた。山賊が長期間継続して襲うにしては「うまみが少ない」村なのだ。
 そればかりか、険峻な山に囲まれた盆地という地理上、人間が外部から村へ侵入できる余地は、南にある村の入口の門と、西にある崖の切れ目のふたつだけであり、また、問題のヒグマがその西の場所から侵入してきて住み着いたものとみられている以上、ヒグマの後から村にやってきて東側に陣取っているという山賊がどこから侵入してきたのかが不明瞭だった。
 だが村長にその疑問を投げかけても「知らない」等とはぐらかすうえ、ただ「なんとかしてほしい」の一点張りだった。

モルガーヌ
「ねえ、村の人達がかわいそうだと思わないの? 私達が助けてあげた方がいいんじゃないの?」
 まず依頼を受ける意思を示したのはモルガーヌだった。

ロバート
「そんな簡単に受けて大丈夫なのかよ」
 ロバートとモルガーヌは最初に会った時からいちいち意見が合わない仲だった。

モルガーヌ
「じゃあなに? あなたは目の前に困っている人がいても助けない最低な人なの? ねえバジリア」
 モルガーヌがバジリアを盾にロバートを口撃する。

バジリア
「えっ……うん……」
 急に話を振られたバジリアが、話に抗えずにモルガーヌを肯定する。
 何かあると気弱なバジリアを味方に引き込むモルガーヌだったが、一方でモルガーヌはバジリアのいない所で、ヨハンとロバートに向けて得意げに『ああいう女が一番性格が悪い』とも説明していた。
 思い返せばロバートは、モルガーヌがその話を最初にしたあたりから、モルガーヌに対する態度を悪くしはじめていた。

ロバート
「……ヨハンはどう思うんだよ」
 数で劣勢になったロバートがヨハンの援軍をうかがう。
 ヨハンとしても依頼に不明点が多く、依頼を受けるのをもう少し待った方が良さそうな気がしていたので、その事を話そうとした。

ヨハン
「……そうだな、俺は……」
 だがヨハンが話しはじめたとき、クレイグがそれをさえぎるように村長に向けて話しはじめた。

クレイグ
「村長。正規軍に頼まず、我々に依頼されたという所から、そちらに相応の、深く話せない事情があるからだと心得ております。しかし、我々も仕事として、ご依頼を完遂する使命を帯びてここに来ております。どうか我々を信用して、出来る限りの情報をいただきたい」
 クレイグはそう言って、ヨハンが意思を示す間もなく依頼を受諾してしまった。

 
 その後クレイグは、不安がる4人に対して「多少の疑問があっても、言われた事をこなすのも仕事である」「ベテランの自分を信じて欲しい」「この程度の内容で帰ってしまっては冒険者として汚名になる」などと説明して話を進めていった。
 そして冒険者達はまず村の民宿の二階で一泊し、翌日、朝も明け切らぬうちに山賊を狩るべく山に分け入り、今に至るのだった。まさか村の人間が山賊になっていたとは、誰も思わぬまま……

 
2章へ続く


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