【閉ざされた遺跡】
【閉ざされた遺跡】 掌編/ギャグ・コメディ |
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【閉ざされた遺跡】
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地下に広がる遺跡に明かりはなく、冬の風が入り込む遺跡の廊下には凍ったような静けさがあった。
成人男性の身長二人分ほどの幅がある廊下の、その静寂を二人の冒険者が駆け抜けた足音が破る。二人が過ぎ去った廊下はいったん静寂を取り戻すも、数秒の間を置き、今度は緑色をした醜悪な顔の小人たちの足音で埋め尽くされた。 |
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醜悪な小人たちは走りながら、前方を走る二人に向けて、それぞれが携えた粗末な武器を振りかざし、口々に怒りや挑発の意思を帯びた叫び声を上げる。
前方を走る冒険者のうち、先頭を走るセーラー服姿の少女、天野美葉(あまの みは)が、風にひるがえる短いスカートも気にせず後ろを見やり、もう片方に声をかける。 |
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ミハ
「はぁっ、はぁっ、フィリッパ殿、ついて来れるか?」
凛とした透き通る声が、肩の下まで伸びたさらさらの黒髪をなびかせる風に乗って遺跡に響く。 |
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フィリッパ
「はぁっ、はぁっ、な、なんとか……」
後ろを走るフィリッパと呼ばれた女性は上品な声で答えながら、腰まで長く伸びた綺羅びやかな金髪と大きな胸を鈍重に揺らす。 だが既に前を走るミハとの距離は遠ざかり、彼女と後ろの醜悪な小人たちとの距離が狭まりつつあった。 それを見たミハは速度を落としてフィリッパに並走し、声をかける。 |
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ミハ
「ダメだ、このままではゴブリン共に追いつかれる! フィリッパ殿! すぐ追いつく、そのまま前へ駆けるんだ!」
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フィリッパ
「で、でも……」
遠慮の意思を示すフィリッパだが、既に息は切れ、右手に持つ長い杖と、左肩に提(さ)げた大きな盾を重そうに振って走っている。 |
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ミハ
「早く!」
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フィリッパ
「は、はい……!」
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フィリッパに先を行かせたミハは迫り来るゴブリンたちに向き直り、腰に差した刀に手をかけて構えた。反転の遠心力で髪とスカートがふわりと傘を開く。
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ミハ
「我が秘剣は全てを切り裂く。音に聞こえし千子村正(せんじむらまさ)の白銀の刃をとくと見よ! 一刀両断、構以太刀(かまいたち)!」
叫ぶなりミハは、飛びかかってきた先頭のゴブリンに、鞘(さや)に収めたままの刀身を打ち付けた。鞘が激突したゴブリンは後方へ吹っ飛び、仲間を巻き込んで地面を跳ね転がり、巻き込まれなかったゴブリン達も一瞬ひるんだ様子で足を止めた。ミハはその隙をついて反転し、フィリッパの方向へ駆け出した。 ミハは切り裂くとか白銀の刃とか一刀両断とか言ってみたものの、結局鞘のまま刀を振るっていた。逃げる時間を稼ぐために敵の列を乱すのなら、先頭を吹っ飛ばした方が良さそうだった為である。 |
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ミハ
「よし。勢いで『構以太刀!』とか叫んじゃったけど、多分フィリッパ殿にしか聞こえてないから大丈夫だろう……。他の誰かに聞かれてたら危なかった!」
そうして走っているとすぐにフィリッパに追いついた。廊下の横幅が、人が直立して3人並べるほどに狭まったあたりで、フィリッパが両手を握りしめてひざに付けた姿勢で立ち止まり、肩を上下させて息をしている。 |
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ミハ
「むっ。フィリッパ殿、大丈夫か?」
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フィリッパ
「な、なんとか……、それに、ここなら彼らを足止めできると思います……」
そう言うとフィリッパは直線の廊下の向こうから追って来るゴブリンたちに向き直り、息を整えて、右手に持つ長い杖の先端を前方に向けた。 |
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フィリッパ
「ミハさん、危険なビームを放ちますので、私の後ろへお回りください!」
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ミハ
「危険なビーム?」
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フィリッパ
「はい。味方を巻き込んでしまうので、普通の戦闘では使えない強力なビームですが、この状況なら被害なく相手の足止めに使えるはずです!」
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ミハ
「よし、頼む」
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フィリッパ
「はい! ――我らを導く希望の光よ、今ここに顕現(けんげん)し、眼前に迫る憎悪より我らを護(まも)りたまえ!」
詠唱するフィリッパの周囲に無数の光の玉が現れ、暗闇の遺跡を照らす。 それら光の玉は徐々にフィリッパが掲げた杖の先へと集まり、ひとつの大きな光の玉を形成してゆく。 |
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杖の先を中心に風が巻き起こる。やがて無数の光の玉が全てひとつとなったその時、フィリッパの一喝が響いた。
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フィリッパ
「――光ビーム!!!」
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ミハ
「ひどい技名」
言うが早いか、まばゆい閃光が視界を一瞬純白に染める。直後、大太鼓を打ったような重低音と共に光の玉から全方位に衝撃波が走り、 |
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光の玉は力なく真下に落ちて腐ったトマトのようにぺたりと潰れ、弱々しく地面に広がって水溜まりのようになった。
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ミハ
「えっ何これ。失敗?」
ゴブリンたちはまだ廊下のやや先にいたが、光と衝撃に驚いたらしく、一旦立ち止まってこちらの様子をうかがいながらゆっくり間合いを詰めている。 |
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フィリッパ
「これで大丈夫です。危険ですからすぐ離れましょう」
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ミハ
「危険って……どういう風に危険なんだ?」
地面にだらしなく広がりゆく光を挟んでゴブリンたちを牽制しながら、じりじりと後退する。 |
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フィリッパ
「このビームを踏んだが最後、魔法の効果が消えるまで、固まりかけた蜂蜜のような粘着力に足をとられて動けなくなります」
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ミハ
「そうなんだ……粘着力があるんだ……ビームに……」
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フィリッパ
「あと強烈なお酢の臭いがします」
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ミハ
「そうなんだ……臭いがあるんだ……ビームに……。うん……それは足止めに効果的だな……。しかしビームって言うから、なんかこう……もっと直線的で爽やかな感じのを想像していた……」
話しているうちにビームは廊下の左右へ広がり、飛び越えるには厳しそうな面積になっていた。 |
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フィリッパ
「強力な反面、詠唱から発動まで少し時間がかかるうえ、このように真下に落ちる性質と臭いのために、逃げるときの足止めくらいにしか使えませんが……」
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ミハ
「うっ! くさい! わかった、早くここを離れよう!」
そのまま遠ざかり、一本道の廊下を駆け抜け、曲がり角をいくつか曲がる。少しの間をおいて、後ろでゴブリンたちが悶絶しながら咳き込む声が響く。ビームに踏み込んでしまったのだろう。 |
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ミハ
「フィリッパ殿、あのビームはどれくらい持つんだ?」
フィリッパの速度に合わせて走りながら話す。 |
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フィリッパ
「ええと……15分ほどしたらきれいに消えてしまいます。ミハさん、やはり……」
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ミハ
「ああ。ギルドの話では、この先はずっと一本道だ」
二人は冒険者ギルドの依頼により、この遺跡に棲み付いたゴブリンの小集団を討伐するためにやってきていた。 当初冒険者は6人の集団が2班あり、総勢12人だった。だがギルドの見積もりが甘かったらしく、遺跡探索中にミハとフィリッパがいた方のグループが予定より大勢のゴブリンに奇襲を受けてしまい、恐慌した新人2人が我先に逃走したのを皮切りに冒険者達は2班とも総崩れとなり、気付けばミハとフィリッパだけが遺跡の奥に取り残されてしまっていた。 |
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ミハ
「ここに来てから逃げるまでの間に、遺跡の他の箇所はすべて通ってきた。となればゴブリンの大将がいるのはこの奥しかない。奴の首を挙げさえすれば流れはこちらに向くはずだ」
そう言って駆けていると、間もなく進行方向の暗闇から鉄製の扉が姿を現した。近付いてみると扉は成人男性一人分くらいの高さがあった。 ただならぬ気配が扉の向こうから伝わってくる。ゴブリンの大将と、その直近の手下たちだ。 |
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フィリッパ
「罠は無いようですが、鍵がかかっているみたいです。開錠しますか?」
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ミハ
「無用だ。開かないなら蹴破るまで!」
そう言ってミハは、しなやかな脚を華麗に回転させ、扉に強烈な蹴りを入れた。 |
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ミハ
「痛っ……」
鉄製の扉はびくともしなかった。 |
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ミハ
「うん……開錠しようか……」
各自、背嚢(はいのう。リュックサック)から道具を取り出して開錠を試みる。だが鍵は見慣れない特殊な作りをしており、道具を消費するばかりだった。 ゴブリンの大将は扉の向こうでなおも強い気配を放っている。二人が開錠するのを悠然と待ち構えているあたり、強者の余裕が感じられる。 |
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ミハ
「うーむ……分からないから適当に道具を突っ込みまくったら全部抜けなくなってしまった」
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フィリッパ
「なんだか鍵穴に道具の束ができてしまいましたね……」
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ミハ
「途中で鍵穴の中にあった大量のピンを固定するために、ロウを流し込んだのがまずかったかもしれん……。この扉、開錠どころかもう二度と開かないのではないだろうか……。……いや、まだ何かあるはずだ、何か……」
そう言いながら自分の背嚢の中を探っていたミハだったが、そこではっとした顔をした。 |
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ミハ
「しまった……私はとんでもない見落としをしていたようだ……!」
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フィリッパ
「どうかされたんですか?」
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ミハ
「……これを見て欲しい」
そう言ってミハが取り出したのは、手のひらくらいの長さの、青緑がかった透明な色の、飲み物を入れるガラス瓶のような形をした容器だった。中には白い粉が入っている。 |
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フィリッパ
「それは……?」
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ミハ
「これは私がいた世界の国、日本で売られている菓子だ。名をラムネという」
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フィリッパ
「ラムネ……ですか。その粉が……?」
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ミハ
「本来は粒状だったのだが、ずっと背嚢に入れていたせいで振動で粉になってしまったんだ」
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フィリッパ
「ずっと背嚢に……」
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ミハ
「ああ。この世界に来る前に買って少しずつ食べていて、世界を渡る際にも一緒に持ってきていたのだが、背嚢に入れてから今までずっと食べずにいたら、賞味期限がとっくに過ぎて粉になってしまっていた」
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フィリッパ
「しょうみきげん……?」
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ミハ
「背嚢を整理するときに毎回取り出していたはずなんだが、機会を見て食べようと思っているうちに再び忘れてしまい、やがて背嚢の奥底に眠ってしまったんだ。それを今取り出してから気付いて、こうしてやるせない気持ちになったという訳だ」
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ミハ
「そのやるせない気持ちを、フィリッパ殿に伝えたかったんだ……」
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フィリッパ
「そう……」
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二人がゴブリンたちにタコ殴りにされながらも強引に遺跡を脱出したのは、その直後の事だった。
一方、ゴブリンの群れはその後、ゴブリンの大将と直近の手下たちが全員死亡したために退散し、近隣が荒らされる事はなくなった。ゴブリンの大将と手下たちの死因は、遺跡の奥の部屋から出られなくなっての餓死だったという。 |
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閉ざされた遺跡 終
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