【神の視点】


【神の視点】
掌編/ギャグ・コメディ/流血あり
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【閉ざされた遺跡】


 
【神の視点】

 
 春の穏やかな風は山あいを吹き抜け、高い崖の上に静かに立つセーラー服の少女の、短いスカートと肩の下まで伸びた艶やかな黒髪をたなびかせた。

セーラー服の少女
「…………」
 腕を組み、大型の気高き鳥のように凜として崖に立つ少女は、たおやかな外見にそぐわぬ武骨な日本刀を左の腰に差していた。
 春の風が再び彼女を撫でる。

 
 眼下には山と森がどこまでも広がっていた。森の合間に流れる川の川岸の一角では、長い尾を持つ、人間の数倍はあろうかという甲殻類が、さらに大きなトカゲに火を吐かれる姿が、豆粒ほどの大きさで見て取れた。
 そのような雄大な自然をはるか上から眺め続ける彼女は、既に30分はここに立っていたが、それには理由があった。

セーラー服の少女
「降りれない……」
 高さに足がすくんで動けなくなっていたのだ。
 もともと彼女、というより彼は日本の神社に祀られていた神の一柱だったが、ある時、退き引きならぬ事情で参拝客の女子高生の身体を借り、この世界に流れ着いていた。
 それだけの事をしたせいで彼は力を失っており、身体能力も普通の人間と大差なくなっていたのだが、旅の途中に、神だった時の感覚で、うっかり崖の上に登ってしまったのだ。

セーラー服の少女
「も もう足が限界だ……! なんとか足場を確かめて降りねば……! だがこれは下を見たら気絶するヤツだッ……!」
 彼――厳密には現在彼は少女なので彼女と呼ぶ事となる――が、ふとももを伝う冷や汗にすらおびえていたその時だった。

少女
「あ……あの〜……」
 後方のやや低い所から別の少女が彼女に声をかけた。

セーラー服の少女
「む? 何者だ……?」
 彼女は振り向けないまま、凜とした声で答えた。

少女
「……そこで何してるの?」
 その幼げな声からは、警戒の念は伝わって来ない。

セーラー服の少女
「ああ……こ、これか……」
 彼女はこの時点で、この少女に助けを求める事も出来たのだが、一方で彼女の、彼の心がそれを許さなかった。
 神になる前は普通の武士だった彼は、ここで見ず知らずの少女に助けを求めてしまえば、彼自身の名誉のみならず、乗り移っている女子高生の名誉をも失わせてしまうものと思ってしまい、助けを求める言葉を飲み込んでしまっていた。

セーラー服の少女
「これは……その……あれだ」

セーラー服の少女
「そう……景色を。景色を眺めているのだ」

少女
「そうなんだ……」

少女
「ここ、すごく眺めが良いよね!」

セーラー服の少女
「うむ。……それでその……そなたは私に何用か?」

少女
「そ、そなた? ……え、えっとね、あなた日本人……だよね?」

 
 そこから少女は市川佳奈芽(いちかわ かなめ)と名乗り、自身が日本からこの世界に飛ばされてきた女子高生である事、現在冒険者として各地を旅している事を明かした。
 それに対して彼はまず自分の名である天之美葉命(あまのみはのみこと)を名乗ったが、すぐさま自分が人間に乗り移っている事を思い出し、天野美葉(あまの みは)と言いつくろった。

カナメ
「じゃあミハちゃん同い年なんだ! どこ出身なの?」
 カナメは異世界で、自分と同じ日本の女子高生に会えた事に喜び、なおも振り向かないミハに対して親しげに話を続けようとする。

ミハ
「それは……」
 一方でミハの足はそろそろ限界が来ていた。

ミハ
(い……いかん。このまま話を続ける訳にはいかない……! 幸いにして、このカナメのおかげで後ろに足場がある事は分かった。だがカナメの声がするのは少し低い場所から……つまり下手に振り向けば踏み込む地面が無い可能性が高い! ならば倒れ込む覚悟で行くしかない、しかしそれをするとカナメの前で醜態を晒してしまう事は避けられん!)

カナメ
(なんであんな高いところに立ってるのか分からないけど、スカートの中見えてる……みんなが来る前に降りてもらった方がよさそうだけど……)
 冒険者集団の一員として山に登ってきていたカナメは、山賊などの危険がないか偵察する役目を負っていた。

ミハ
(仕方ない、少し遠ざかってもらうか……)

ミハ
「……すまぬがこれから一人で向かわねばならん用があるのだ。構わず先を急いでもらいたい」

カナメ
「そ、そっか……呼び止めちゃってごめん……ん? でもそこで何してるの……?」

ミハ
「私に構ってもらえるのはありがたいが結構だ! すぐ! すぐ離れてくれないか!」

カナメ
「ご、ごめん……うーん……あっそうだ一個だけ!」

ミハ
「なんだ!」

カナメ
「おにぎり余ってるけど1個いる?」

ミハ
「頂こう……!」

カナメ
「おかかとツナがあるけど……」

ミハ
(しまったッ!!! つい食欲に負けて引き止めてしまったッ! どうして人間は昨日から何も食べてないだけでこんなに腹が減ってしまうのかッ……!
 だが……だがそれ以前に足がッ! 足がもうそろそろ……! しかしおにぎりの王道ツナをここで逃す手はない……いや何を言っているんだ私は! 素朴なおかかも捨てがたいだろうッ! それにしても何故だ、何故……)

ミハ
(……何故かつおぶしは、ごはんと一緒の時だけ『おかか』なのかッ……!!!)

ミハ
「じゃ……じゃなくておにぎりはいらぬッ! ここを離れるんだッ! 早く!」

カナメ
「えっ……う、うん……じゃあまたね……」

 
 ミハはカナメが向きを変えて遠ざかってゆくのを足音で察した。
 だがその時、ミハはカナメを追っ払えた事により不意に気を抜いてしまったせいで、一瞬足が自分の体重を支えきれなくなり、後ろから両ヒザを突かれたかのようにバランスを崩した。

ミハ
「ぬおぉッ!?」
 背中側へ向けて倒れゆく身体を支えるために後ろに手をつこうとするも、伸ばした手の先に地面はなく、姿勢は真っ逆さまになってゆく!

ミハ
「じ 地面は近いはず! まだ受け身が間に合うはずだッ!」
 思うが早いか先行する手が岩肌の感触を伝える。そこを基点に、せめて横向きに倒れられるように全力で姿勢を修正する!

ミハ
「うおおおおおおおーッ!!!」

カナメ
「ん? この声は……」
 振り返ったカナメの目に飛び込んで来たのは、岩場を猛烈な勢いで転がり落ちてくるミハの姿だった。

ミハ
「ぐああああああー!!!」

カナメ
「ええええええーっ!?」

 
 岩場をひとしきり転がったミハは、カナメの足元で回転を止めた。

ミハ
「ハァ……ハァ……やった……やったぞ……私はついにやったんだ……!」

カナメ
「何を!? っていうか大丈夫!? 凄い怪我!」

 
 カナメに抱きかかえられたミハだったが、もはや身体が動く状態ではなかった。
 ミハは朦朧(もうろう)とする意識に歪む視界で、動転した様子のカナメの顔を見ると、わずかな気力を使って言葉をしぼり出した。

ミハ
「すまない……カナメ……だ、だがこれだけは……これだけは言わせてくれ……」

カナメ
「えっ? えっ!?」

ミハ
「……つ……」

カナメ
「つ……?」

ミハ
「ツナで……」
 ミハはその言葉を最後に、カナメの腕の中で意識を失った。

カナメ
「ミハちゃあああああぁーん!!!」

 
神の視点 終


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